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1920年代のファッション展
パリでサロン(展示会)回りに明け暮れている中、ちょっと抜け出して、ガリエラ博物館で開かれている「LES ANNEES FOLLES 1919−1929(激動の20年代)」という展覧会へ行ってきた。
パリではいつも、その時々のトレンドというか、時代の空気を先読みしたファッションの展覧会を行っている。

1920年代といえば、私の最も好きな時代。アールデコ真っ盛り、日本はちょうど昭和初期、モボモガが闊歩していた時代だ。
西洋の女性たちは、長く続いたコルセットから解放され、スポーツにダンスにと、活動的になり、男性のようなギャルソンスタイルも登場。
ポール・ポワレやシャネルをはじめ、職業としてのファッションデザイナーが台頭した時代でもある。私のお気に入り、ヴィオネも数点。
文化の関心も世界に解放され、シノワズリーやジャポニズムなど、海外のエスニックな文化も色濃く受けるようになった。

コート好きの私としては、贅沢な織物や金糸の刺繍などの装飾をあしらったもの、卵型シルエットや着物風でもあるゆったりしたおしゃれなコートに目が釘付け。
腰で着るよううな、ローウエストをポイントにしたストンとしたドレスも、ぜひこの春に着てみたくなった。
1920年代のファッションは、それ以前のものとは違って、今もそのまま着られるようなものがいっぱい。
靴やアクセサリー・小物類、化粧品や香水もなじみがある。
パリでしか見られないコレクションのすばらしさはもとより、映像や写真も含めた展示の仕方、趣のある空間もあいまった、すばらしい展覧会であった。
やっぱり私はファッションが好き、と再確認させてくれた。

それにしてもつくづく思ったのは、ファッションというのは、その時代を生きる女性の気持ちの変化であるということ。
日本のファッションビジネスにかかわる人々は、それを忘れている人があまりにも多いのではないだろうか。

 2008/01/28 02:40  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

パリの「UNBRIDALED」展
セーヌにかかる橋、ポンヌフの目の前にあるモネ・ド・パリで、スワロフスキーの「UNBRIDALED」という展覧会が開催されている。
「伝統とアヴァンギャルドの結婚」という副題がついている通り、ウェディングをコンセプトに、世界のクリエイターに作品を依頼したもの。

日本からは、ドレスキャンプ、ユミ・カツラ、ワコールディア(神尾敦子)、神田うのなど、数人が参加していた。
「日本」を意識したもの、意識しないもの、日本の美意識を違う角度から表現したものなど、多様なウェディングの表現が見られた。

フランスならではの伝統的な建造物の中で、夢幻の世界が広がっていた。

DRESSCAMP
神田うの
WACOALDIA(左側)
YUMI KATSURA


 2008/01/26 09:15  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

開拓の余地ある国際空港
海外取材に出発の朝、東京はこの冬初めての雪になった。いつものように、家の近くのホテルからバスに2時間近くゆられて、成田空港に向かう。この「儀式」も、もう50回近くになろうか。
インターネットでチケット予約やチェックインが簡単に出来るようになったからだいぶ楽になったが、それでも、やっと空港に到着すると、預ける荷物が規定より重いとか、希望していた座席がないとか、カウンターで必ず不条理なひと悶着がある。最初は3キロオーバーといいながら、やりとりしているうちに結局はスーツケースの外側に入っていた袋物などガラクタを1キロ弱減らしただけでパスとなり、座席も最初はもういっぱいといっていた非常口前の広々とした席がとれたりする。何事も粘り強く会話をしながら交渉。日本の社会では普段あまり必要のないこういうことが、旅の快適性を左右する。日本の空港でさえこういうふうだから、海外ではますます重要になってくる。特に荷物に関しては、まさに「行きはよいよい、帰りは怖い」なのである。
レートのなるべくお得な銀行を探して、外貨を換金。機内の食事にたどりつけるまでは時間があるから、少し蕎麦で腹ごしらえ。さあ、そろそろ中に入ろうかというところまで、起床から5時間以上が経過している。やれやれ。

今回は、六本木ミッドタウンにある「ジカバー・ニッポン」が、北ウイング5階に新店をオープンさせたというお知らせをいただいていたので、出国手続きに入る前にちょっと寄ってみた。
同店は、日本全国の物づくりを現代のライフスタイルに合うかたちで提案している注目店。NPOと連携したネットワークで活動している会社が運営していて、社長は岡山県にある家具木工メーカーの2代目だ。
場所が分かりにくい所にあるのと、まだ知名度不足か、お客は誰もいなかったが、これまでのお土産物屋とは一味もふた味も違ういい雰囲気。ミッドタウン店のような充実した品揃えとはいかないが、日本手ぬぐいやおせんべいなど、海外への気軽なお土産にぴったりな小物から、日本通の人も納得するような質の高い工芸品が並ぶ。和菓子がいただけるカフェもある。

東京都の石原知事が、三宅一生、コムデギャルソンといった日本を代表するデザイナーの店を国際空港に作りたいと、先日、新聞紙上で発言していたが、こういう日本のクリエーションや技術の高さを表現した店が成田空港に出たのは、待ってましたという感じ。海外への買い物需要だけでなく、空港につきもののストレスも鎮めてくれる。
「駅なか」が発展した今日、次なる開拓チャネルとして、空港はもっと活用されてもいいと思う。
 2008/01/23 04:41  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

春は内側からやってくる
今日は「大寒」。その名の通り、この冬一番の寒さの中、ふわりとした春の優しさに包まれた。
青山にある邸宅風の結婚式場、「コンヴィヴィオン」を会場に開かれた、「ワコールディア」の2008春夏の新製品展示会。
「空の力」をテーマに、エアリーなクリームやポピーピンクのシルクのナイトドレスをはじめ、雲の合間からはるか遠くをみわたしたような微妙なニュアンスの色がいっぱい。しゃくなげやデイジー、チェックなど、抽象的な思いの込められた具象柄のレースが彩りを添えていた。

同ブランドは、東京ミッドタウン内への出店を機に、まさにランジェリーのラグジュアリーブランドとして軌道に乗せてきている。デビューから4年、感覚も技術も業界トップの実力を持つデザイナー、神尾敦子さんの指揮のもと、着実にファンを固めている。このテンポこそが重要だ。
見えない部分への美意識の高い層が、日本にも確実にいるんだと勇気づけられる。

従来のインナーウエアしか知らない人にとっては、同ブランドのコレクションは奇異に映るかもしれない。
レギンスなどいろいろなボトムとの重ね着が楽しめるペチコート、ブラウスとしてそのまま着られるキャミソール、華奢にしかもきれいにバストを見せるブラジャー…。
ファッションアイテムとして自由にコーディネイトできるものばかりだ。

春はインナーウエアから、心の解放は内側からやってくる。
 2008/01/21 21:38  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

フランス語で1日1文
今年になってから、フランス語で日記を書いている。
といってもまだ2週間。「日記」といえるようなものではなく、1日1文でもいいから、フランス語を書こうと年初に決めたのだ。
フランス語でうまく表現できないときは、英語で書くようにしている。
私にとっては、フランス語に比べると英語は実にuseful! 頼りになる存在だ(あくまでフランス語と比べて)。
ひとまず英語で書いておいて、後で、パリに数年住んでいた友人のNさんにちゃっかり聞くというわけだ。

例えばこんなふう。美容院で「髪の毛を切ってもらった」日。
I had my hair cut. (英語)
Je me fais coupe les cheveux. (フランス語 :アクセント記号省略)
言葉の違いだけでなく、英語とフランス語との文法の違いが興味深い。

フランス語を最初に習い始めたのは、もう21年前。仕事でフランスに行くようになったのがきっかけだった。
途中大きなブランクがあったが、それでも日仏学院、アテネフランセとフランス語学校に通い、近年は個人レッスンを受けるなど、恥ずかしながら合計7・8年はフランス語レッスンを定期的に受けてきた。それなのにまったく上達しない。
その原因は歴然としている。まず、何度やっても基本的な文法が覚えられない。というより、「習う」のは好きだけど、自分で勉強しないのだ。特にあの動詞変化がやっかい。あれは覚えるしか手がないが、全然頭に入らない(ではなく、勉強しないからなのだが)。
フランス語を習得している人の共通項は、お勉強が好きということ。どちらかというと内向的なガリ勉タイプが多い。フランス語が堪能な人は、たいてい頭の柔軟な大学時代に基本をみっちり叩き込んでいる。
とくに暗記優先のお勉強が大嫌いな私は、フランス語習得に一番遠いタイプなのはよく分かっているが、それでも止めたくない。その理由は、やっぱり「好き」だから。

とにかく、フランス語を習いに行っても、私の場合、お金をドブに捨てているようなものなので、こうなったら自分一人、家で無理せずに少しずつ、できる範囲で続けようと思ったのだ。
これは日本語の文章修業も同じ。このブログを利用させていただいて、毎日、何かしろ「書く」という行為を続けようというのが今年の大きな課題である。
 2008/01/15 12:08  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

歌舞伎は娯楽の原点
歌舞伎座の「新春大歌舞伎」を楽しんだ。
連休中日の日曜日とあって、開場前の入り口付近は多くの人でごったがえしている。
開演までわずか30分しかないのに、お弁当の予約をしたり、立ち並ぶ売店を物色したり、ああ洗面所にも行かなきゃと、始まる前からせわしない。

今日の演目は、お正月らしく、雅楽にあわせた松・竹・梅の踊りに始まり、幸四郎と染五郎親子共演による「連獅子」(これは相当の体力が要求される。染五郎が若さいっぱいの舞いを披露)、歌舞伎十八番の「助六由縁江戸桜」と、ビジュアル的にもかなり華やか。
特に最後の「助六」は舞台が吉原だけあって、花魁たちの衣裳のあでやかなこと、変化に富んだ男役の衣裳のコントラストにも目を見張るものがあった。

舞台だけでなく、観客席や休憩時間も含めて、劇場全体の雰囲気が楽しめるのが、歌舞伎の楽しさ。
今日は3階席だったので、ほとんど花道が見えないのが残念だったが、1等席の2割弱の価格を考えれば、こういう席で頻繁に歌舞伎を観るというのも悪くない。
同じ舞台でも、観る場所によって全然違う見え方がするのだろう。
観客の装いも場所によって違っていて、1階や桟敷席はさすがにおめかしした着物姿が目につくが、3階ともなると皆カジュアル。
歌舞伎座で歌舞伎を見るのは、記憶にある限り、これで3回目。1年に1度位はまた来てみたい。

商業的にうまくオーガナイズされていて、何だかゆとりがない面もなきにしもあらずだが、そういう意味も含めて、日本の娯楽の原点がここにあると思う。
 2008/01/14 00:31  この記事のURL  /  コメント(3)  / トラックバック(0)

ワイン作りへの転身
フランス・ロワール川流域のアゼルリドーというところで、ワイン作りをしているルイ・ジャンから、新年メールが届いた。
フランスの友人たちは、日本人の習慣に合わせてか、また従来の宗教観と異なる世代が増えていることもあって、クリスマスカードよりも年が明けてからメールやカードを送ってくれる人が多い。

ルイ・ジャンはもと店舗デザイナーで、パリやマイアミにもオフィスを持っていたが、ある時、専門雑誌上で売り出されていた、歴史ある小さなシャトー付の葡萄園が一目で気に入り、全財産をつぎ込んで購入。50代になって第二の人生を歩みだしたのだ。
もちろん、ワイン作りにはまったく素人だったが、何しろ研究熱心で努力家の彼のこと、5年経った今では、すっかりプロの域に達し、ワイン作りの講演までするようになっている。
量でなく、質のいいものを適量作るというのが彼の信条で、すべて有機栽培の葡萄のみを使っている。

パリから2時間もあれば充分に到着するルイ・ジャンの葡萄園には、数年前に私も仕事の合間に遊びに行き、1泊だけ滞在させてもらった。
畑の管理からワイン作りの工程を一通り見せてもらったり、広い敷地内を散歩しながら自然に生えている果実をジャム用に集めたり。ルイ・ジャン自ら手を振るった料理で、ワインをいただきながらで夕食をいただき、シャトー特有のほの暗い明かりの中、皆でおしゃべりをしていたら眠くなって就寝。畑に少しずつ朝日が射し始める頃、起き出して、葡萄園の朝を満喫した。ほんの短い滞在だったが、それは夢のような生活だった。そこには不便だが、都会では味わえない手作りの楽しさがあふれていた。

数年かけてコツをすっかり習得したとはいえ、ワイン作りや葡萄園での生活はまさに自然との闘い。60歳の肉体にはきついことも多々あるに違いない。数年ぶりで会ったら、すっかり農家のオヤジに変貌していたからびっくりしたものだ。
それでも、リタイア後にこういった思い切った転身をする人が、欧米には少なくない。
苦労は承知で、長年の夢を実現させてしまうパッションには、心から尊敬する。


メールに添付されていた上の写真は、ルイ・ジャンが南アフリカを旅行した時に撮影したもの。彼の葡萄園については、ホームページで詳しく解説されています(日本語もあり)。
http://www.chateaudelaroche.com

 2008/01/11 12:01  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

99歳の監督作品を観る
サービスデーを利用して映画を観にいった。平日の昼間に、のうのうと映画を観にいくことができるのは、フリーワーカーの特権だ。
映画や舞台をもっとたくさん観ようというのは、今年の抱負の1つに入っている。
月に一度の映画の日や週に一度のレディスデー、また60歳以上のシニア価格はもとより、最近は夫婦のどちらかが50歳以上なら2人で2000円なんていうサービスもやっている。こういうのを利用しない手はない。
そういえば旅行も化粧品も、「50歳から」という文句をいろいろなところで目にする。実際には60歳前後からの団塊世代を狙っていることは歴然としているが(50歳はまだあんなにババくさくない!)。

さて、何の映画を観たかというと、ミシェル・ピコリとビュル・オジエというフランスの名優が演じる『夜顔』(2006年フランス・ポルトガル映画)。オリジナルの題名は「belle toujours(「今なお美しく」といったような意味)」。
これは、カトリーヌ・ドヌーブ主演で知られた『昼顔』(1967年・ルイス・ブニュエル監督作品)の続編を想定したストーリーなので、「昼」対「夜」ということでしゃれているが、かつての邦題はものすごく飛躍したものが多かった。

このお正月にDVDで観た『欲望』もその典型。昨年亡くなったイタリア映画の鬼才、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の1966年の作品で、オリジナルの題名は『BLOW-UP』(写真の「引き伸ばし」の意味)。「引き伸ばし」そのままつけても何のこっちゃわからないが、いくらなんでも「欲望」はないだろう。
この映画は、とても今から40年も前のものとは思えないほどフレッシュで、しかも全編、暗喩に満ちていて、すばらしい作品だった。
ミニドレスにカラータイツをはいたモデル時代のジェーン・バーキンや、今やすっかり英国女優の大御所の貫禄充分のバネッサ・レッドグレーヴにもこんな若い頃があったのかと思えるような若かりし姿が登場するから、明らかに40年前なのだが、今観てもちっとも古びていない(DVDの映像技術だけの問題ではないだろう)。

それに比べると、今日の『夜顔』はちょっと古めかしい。何しろ、監督のマノエル・ド・オリヴェイラは99歳!
いや、「欲望」とか「秘密」といった人間の裏側にあるものにロマンを託す、その「古めかしさ」こそがテーマだったのかもしれない。パリを舞台に、いかにもフランス映画らしい会話劇なのだが、今という時代や若い世代とのズレのようなものを時折感じさせる場面が出てくるのも、妙に切なかった。
バーで客を物色している2人の娼婦の会話に、監督自身の心情があらわれていた。年配の娼婦が若い娼婦に向かってこういうセリフをはく――「最初に客を誘いこむのはあなたの方だけど、テクニックは誰にも負けないわ」。
 2008/01/09 22:17  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

髪の悩みは尽きない
4ヶ月ぶりに、頭皮専用のサロンに行き、ヘナで髪を染めた。
あまり白髪がない質なのだが、1年前からちょっと気になり始め、ヘナで髪を染めるようになった。
白髪というのは不思議なもので、個人差がある。30代でかなりの白髪になる人もいるし、50代になっても真っ黒という人もいる。
ちなみに、私は普通の美容院の化学染料で髪の毛を染めたことは、一度もない。
もともと髪の色が明るい茶色なので、「茶髪(ちゃぱつ)」ブームの時も、あまり興味がもてなかった。それ以上に、頭皮が弱いため、パーマやヘアダイは極力避けてきたのだ。
植物を原料とするヘナは、青汁のような独特の臭いだけは好きになれないが、髪の色が自然に染まるだけでなく、地肌や髪の毛を傷めず、しかもトリートメント効果もあり、さらにはボリュームが出るというメリットもある。私のような細いネコ毛にはぴったりなのだ。

白髪が少ない分、かなり前から抜け毛、薄毛で悩まされている。男性型脱毛症らしく、生え際の髪の毛がどんどん抜けていくのだ。
脱毛や薄毛は男性のものと思ったら大間違い。現代は、仕事もライフスタイルも男女差があまりない。ストレスやホルモンバランスのせいか、髪の毛の悩みも男性とあまり変わらない女性が多い。
最近は服用の特効薬も出来ているが、100%効くとは限らない上に、副作用が心配だし、何より保険がきかないからお金がかかる。

自分で言うのもなんだけど、10代の頃は、(それ以外はどこも大してほめられなかったが)髪の毛がきれいだと周りの人たちにほめられたものだった。
異変がおきたのは20代後半。会社勤めのストレスで、髪の毛のツヤがなくなり、どんどん抜けていったのだ。あれは私にとって、初めて「老い」を感じたときであった。
それ以来、髪の毛や頭皮に関してはいろいろなトラブルに見舞われ、2・3年前から昨年までは、円形脱毛症が立て続けに出現した。巨大なのは、完全に治るのに2年近くかかったものもある。私の場合、もともと神経が過敏な体質から来ているようなのだが、どうも頭にうまく血液が流れないようなのだ。
今もまだ1個あるが、これで終わりにしたい。

医学的な切り口はさておき、美と健康の観点からも、髪の毛に関する市場のポテンシャルは、これから非常に大きいと思う。
 2008/01/08 21:35  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

刺激的なハガキ
今年も多くの年賀状をいただいた。
普段、仕事でお世話になっている方々、もう年賀状だけのやりとりになってしまった方々とさまざまだが、何も近況が書かれていないものでも、それぞれに元気で活躍していることが分かってうれしい。

そんな中で、いつもとびきり刺激的なハガキを下さるのがMさんだ。
10年以上前に出した本の取材でお世話になった方で、確か私の父と同じ85歳。
もともと絵描きだが、戦後のある時期には新聞記者も務めた、博学の人。
昔の新聞記者らしいインテリヤクザぶり(おっと失礼!)を、今も発揮している。
今日いただいたハガキはこんなふうだ。
「(略)『まだ自分の中に…』の文面、よく分かります。私は毎日、天才になるために、下手なお絵かきです。あなたには、パウロになってほしい。私は、ユダで充分。殺陣の先頭にいるあなたに、男のシットです。」

これは、「フリーランスで仕事をするようになって20年。まだまだ自分の中に消化されないエネルギーがあることを感じます」と書いた、私の年賀状に応えてくださったものだ。
「もっと仕事がしたい、もっと書きたい」という叫びを、こういうふうに受け取って返してくださる。
この人はいつも、こうやって女を育ててきた。

自分の仕事を理解してくれる人が少ないと嘆くのはやめよう。
普段会うことはなくても、遠いところからこうやって刺激を与えてくださる方がいることへの感謝を胸に、今年もがんばろうと思った。
 2008/01/04 22:03  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

繰り返しから生まれるもの
三が日は珍しくDVDで映画を何本か観ていたためもあって、テレビはあまり観なかったが、その中でもこれは観なきゃと思ったのが、2日夜NHKの『プロフェッショナル仕事の流儀・イチロースペシャル』。
とくにイチローファンというわけではないが(そもそも私は野球というものにまったく関心がない)、従来の野球選手にはいなかったタイプのイチローには、何か引かれるものがある。

番組では、イチローのシーズン中の重圧に向き合う姿が映し出された。
朝起きてから球場に向かい、そこでの練習の順番、階段の上り方にいたるまで、同じ事を繰り返しているというのが印象的だった。まるで神聖な儀式のようだ。
それは単にジンクスをかつぐというようなレベルではなく、まず肉体を同じように動かすことによって、プレッシャーに克つだけのパワーを得るというか。実際に、肉体の動きが脳に大きな作用を与えるらしい(脳科学者の茂木健一郎がインタビュアー)。
さらに朝昼兼用の食事に、7年間、妻手作りのカレーを毎日食べ続けているというのにはびっくり。

ちょうど昨年から読んでいる本、トワイラ・サーブというアメリカの振付家の書いた『クリエイティブな習慣』の中にも、「ルーティンと習慣が創造性をより豊かにする」と書かれていたことを思い出した。
そういえば、今、書店に行くと、「習慣」「整理」をキーワードにした本がたくさん並んでいる。

蛇足だが、イチロースペシャルの後に続いた番組、『英語でしゃべらナイト』(この番組は英語番組を大きく変えただけでなく、日本という国のありようをいつも違う角度から考えさせてくれるバラエティ番組だ)のスペシャル版、『爆笑問題が6人のガリレオ?と新年会』(『爆笑問題のニッポンの教養』に出演した教授らを招いた新年会)もおもしろかった。
自分がかつて何度か出演したから肩を持つわけではないけど、最近のNHKは努力していると思う。皆さん、ちゃんと受信料を払いましょう!? ただ、あの「紅白歌合戦」はどうにかならないものか。
 2008/01/03 21:14  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

新年を両親と迎える
除夜の鐘の音を聞きながら、今年、2008年の抱負を考えた。
全部で10項目。そのほとんどは昨年からの継続でさして目新しいことはないが、今年はより仕事で新境地を拓きたいという思いが強い。
昨年の大きな変化に、それまで苦手意識の強かったブログ、SNS参加をスタートしたことがある。こんなことをいうと笑われるかもしれないが、これらに(時間的にも精神的にも)煩わされると、私が望むシンプルな生活からはどんどん遠のくような危機感もある。それでも、やらないよりはやった方がプラスの面があるわけだし、とにかくもう後には戻れない。
自分が苦手と思うことに、今年も挑戦していきたい。

50回目の新年。考えてみると、50回のカウントなんてあっという間だ。人生というのは実に短いものだ。
普段は離れて暮らしている両親とは年に数回しか会わないが、これまで年明けだけは必ず両親と一緒で、一度も別に過ごしたことがない。
2人とも、もう80代。私のような歳になると、両親が2人とも存命というだけで珍しいが、とくに大病もせずに自立して普通に生活していられるということはありがたい。周りには、両親の介護で大変な人たちが大勢いる。
さすがに、海外旅行をしていた70代と違って、今では1時間強で来られる東京に出てくることもほとんどなくなった。
それでも、通常の80代に比べると、2人とも若い。

その理由は、まず、60歳以降、よく歩いていたことがあげられる。自動車を運転しない(うちの家族は誰も運転免許を持っていない)ので、自然環境に恵まれた古い城下町に家を移してから、必然的に歩かなければならなくなったのだが、それが効を奏した。
肉親以外の若い世代との交流にも恵まれている。社会との接触、とりわけ心を通わせられる友人がどれだけいるかが、生きていく上では欠かせない。
それと、「権威」を持たないことも、若くいられる重要なポイントだと思う。
人は権威というものを手に入れると急速に歳をとる。

来年もまた、家族と一緒に元気で新年が迎えられることを祈った。
 2008/01/02 13:28  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

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