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世の中、何やら「美文字」ブームである。任天堂DSも盛んに宣伝している。 私もきれいな字が書きたい。でもあの文字矯正法はちょっとどうかなと思う。 少し前にブームになった「絵手紙」のヘタウマ文字も好きになれなかった。 「美文字」も「絵手紙」も、根の部分はとても似ている。 つまり、誰かのお手本があって、それを真似て書いているのだ。お勉強好きの日本人はこういうのが昔から大好きだ。 私は子供の頃は、几帳面と言われ、印刷文字のようなきっちりした文字を書いていたものだが、いつの間にか、ものすごい悪筆になってしまった。 職業柄、人の話を聞きながらものすごい速さでメモしなくてはならないということもあるが、いつの頃か、字はすべて走り書きになってしまって、きちんとした字が書けなくなってしまったのだ。 インタビューしながらの取材ノートなんて、自慢でないが、自分でも何て書いてあるか判明不能なことが少なくない。 きれいな字を書くといえば、編集者という職業の、特に女性には字のきれいな人が多い(今はどうか分からないが)。 しかも決して無個性でなく、その人の人柄や教養も伝わってくるようなきちんとした字。あんなきれいな字で原稿依頼状とか、お礼状とかいただいたら、私のようなへぼライターでもその気になってがんばってしまう。 皆、子供のころから優等生で、きれいな字を書くことが嗜みの一つとして教育されてきた人々なのだろう。 最近は編集者ともほとんどメールのやりとりになってしまったが、美しい字で手紙をいただくのは本当にうれしい。 それでも、お手本をなぞっただけの「美文字」には魅力がない。文章も絵も音楽もそうであるように、ただ上手いというだけでは、人を感動させることはできないのだ。 いくらテクニックはレベルが高くても、その人が伝えたい何か、つまり強烈な「個」のないものは空虚なだけ。 「美は乱調にあり」を信条とする(?)私としては、何事も下手は下手なりにがんばっていこう。 でも、悪筆はどうにかしたい。少なくとも、自分の字を後から見てつくづく嫌気がさすのは悲しい。 |



