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昨日は久しぶりに英語のレッスンに行った。 毎土曜日に個人レッスンをしているのだが、先生のBさんと私それぞれ用事があって、ここ2回程お休みしていたのだ。 3週間間があくと、なかなか調子が出ないもの。日本にいると、余程のことがなければ、日常生活で英語を使うということが極端に少ないから、週に1度、1時間でも、英語だけで会話をすることは大切な習慣になっている。 日本語教師をしている友人のKさんが、生徒にいい人がいると紹介してくれたのがBさん。身の回りにおこったエピソードや、それに対する自分の感じ方、考え方を材料に話を進めながら、英語のツボをうまく教えてくれる(ザルのように、すぐ忘れていくのだが…)。 「英語が出来る」「英語が出来ない」という言い方をよくするが、「出来る」と「出来ない」は決して二分割されているのでなく(完璧に出来る人も完璧に出来ない人もあまりいない)、その間は実に多様なレベルで成り立っている。 私の場合、「出来る」とは言い切れないが、「出来ない」とも言えない。英語でコミュニケーションをとることは苦ではないし、日常会話は特に問題ないけれど、ボキャブラリーはなかなか増えない。的確なボキャブラリーを使った微妙な表現や言い回しなどはなかなか身につかないのだ。 アメリカに20年住んでいる友人でさえ、いまだに「英語は難しい」「英語がうまく出来ない」と言う。 考えてみると、私の英語学習遍歴もだいぶ長くなってしまった。 学生時代は苦手意識が強かっただけに、長年放っておいたが、仕事上の必要性をきっかけに積極的にやろうと思ってスタートさせたのは、既に30代末であった。 ベルリッツのプライベートレッスンから始まり、ブリティッシュ・カウンシル、アテネ・フランセと、合計10年は学校に通った。随分投資した。 NHKで時々放映されているニューヨーク大学の授業風景を見ると、ブリティッシュ・カウンシルでのレッスンを思い出す。日本的な授業とは違って、自分の考えを言い合うもので、とても興味深かった。もう少し若かったら、海外に留学という道を選んでいたかもしれない(私の世代ではまだまだ非現実的で思いも寄らなかった)。 英語学校で、最も学生数が多く、レベルに一番幅があるのが中級クラス。その段階をやっとクリアし、その次の上級に至るのだが、実際の実力はなかなか伴わない(数年の海外生活体験者か、もしくは相当の努力家でないと無理。私は自分に甘い)。そこで、2,3年前から個人レッスンに切り替えたというわけだ。ストレスなく、少しずつ、(怠け者で勉強嫌いな)自分に合った勉強を続けていこうと思っている。 言葉を使う仕事をしている身にとっては、どんな言語であっても、言語を学ぶというのは実におもしろいし、そのおもしろさには限りが無い。 |



