
香港現地での取材と原稿を書き終えた深夜、知財担当キャップのHさんから指令が入った。「
香港の裏マーケットで特ダネを取って来い...」。
新しい潜入取材のためか、それとも単なる花粉症対策か、最近は、常に鼻までマスクで覆われたHさんの鋭い眼光が頭をよぎった。「
Y君。たまには、羽を伸ばして来いよ」。行く前はこんなこと言ってた気がするが、そういえばあの時、目は笑ってなかったな。「
レポートを書いてもらえると、うれしいな(〃^¬^〃)」。メール末尾の顔文字が、”狂犬”と呼ばれる男の底知れぬ邪気を物語っている...
道路の上にまで迫り出す派手なネオン看板、息苦しいほどの人いきれ。10分後、私は佐敦(ジョルダン)駅近くの、通称ナイトマーケットに居た。ここは深夜になっても人通りが絶えることはない。天后廟のそばを走る200bほどの通りに沿って、両脇に400以上の露店がひしめく。店には土産物の雑貨や小物、バッグなどが所狭しと並べられている。だが、ここでコピー品を売りさばく業者がいるとの噂だ。
どこだ。喧噪の中でポツンと、ボロボロにすり切れた雑誌の切り抜きを床几の上に置いている男が居た。高級ブランド時計の写真だ。
再びHさんの声が頭に響く。「
時計には耳を当てろ。クォーツと自動巻では音が違うからな」。世界の知財Gメンたちにとっては、ブルース・リーの「Don't Think. Feel!」と並ぶ、金言だ。同時に胸の鼓動が高鳴る。神経の張りつめた記者だけが感じられる特ダネの予感だ。
実物を見たいと尋ねると、「そんなに欲しければ、シェンツェン(深セン;)に行け」と素っ気ない。なんてやる気の無いヤツだ。もう良い。オマエには頼まん。と追ってくることを期待して背を向ける。中々声をかけてこないので振り返ってみると、鼻クソをほじりながら、向こう側にいる若い白人女性の腰付近を目で舐め回している。ダメだこいつは。
400以上の露天が所狭しと並ぶナイトマーケットの中に、こうしたコピー品業者は、わずか3,4人。しかも、時計なら時計、バッグならバッグと単一アイテムだけを取り扱い、しかも1ブランドのみ。雰囲気は今は無き上海の襄陽路市場に似ているが、ここは全く違うようだ。
かつて人気を誇った海賊版のCDやDVDのショップも、心なしか閑散としている。店員によると、「今はインターネットでダウンロードする時代。観光客を除き、あまり需要はない」と客足は鈍い。日本のAVに特化したショップだけが繁盛している。香港で見ると、日本のAV女優がいつも以上に輝いて見えるから不思議だ。しかも噂の“人気俳優の流失DVD”も山積みだ。だが、今回の目的とは違う。足早に立ち去った。
ある業界関係者は「取り締まりが厳しくて、割に合わない。狭い香港では警察にすぐ捕まってしまうから」と内情を教えてくれた。ナイトマーケットでも表通りでも、活気があるのはペンライトや携帯電話、小型の照明器具などエレクトロニクス系の雑貨だ。安価なTシャツやジーンズ、肌着の店は人気がない。セントラル付近のH&MやZARAの活況とは対照的だ。
帰国後、レポートを見たHさんの声は怒気に震えていた。「
アレはどしたっ!」。っていうかお土産に渡したフルネーム入りの翡翠ハンコは足下で粉々だ。「ア、アレとは?」「
もう良い。URLを教えろ!」
*これはフィクションです(Y)
コメントする