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契約書の落とし穴
前々回に契約書のお話をいたしましたが、内容は店舗の転貸借契約書なのですが、表題が“業務提携契約書”となっている実際の契約書を目にする機会がありました。

 両社がマインドレベルで共鳴しあっての契約と伺いましたので、それはそれでいいのですが、基本的な確認事項が脆弱であることと、かなり特殊な特約が入っていることが気になりました。

 現在小売業を営んでおられる方から当該物件の転貸借を受ける訳ですが、原契約書の内容の確認ができていません。原契約が、旧の借家契約なのか定借なのか、さらには転貸借禁止条項はないのか、そもそも契約当事者に当事者能力はあるのか、など心配なことがいくつかあります。

 家主さんが年配の方だから人と合うのがいやなのでということで、オーナーとの面会もできておらず、登記簿の閲覧もしないままの契約となってしまったようです。

 また、更新可能な10年の定期契約なのですが、中途解約の場合に解約を申し出た側が数百万円のペナルティを支払うという特約が入っています。家主の側にもペナルティ義務があるということと、半年間の催告期間のリスク(家賃)以外にも10年未満の解約に際し借家人側にも大きな負担となる特約です。家主の側にもペナルティということには貸す側の意気込みを感じますが、反対に借りる側が必要以上に重たいリスクを背負わせれている感が否めませんでした。

 よく聞く言い分に、「お互いに波長が合って、信頼しあっているのだから契約書など要らない。」という趣旨の内容がありますが、企業法務的には全く正反対のスタンスをとらねばなりません。信頼しあっているからこそ、その証を書面にしたためておくのだというスタンスです。

 さらには、信頼関係というものは時系列で変化するものです。仲の良かった夫婦なのに離婚の調停で凄惨なバトルを繰り広げる例も少なからずありますよね。

 法務部時代のボスに結婚式の主賓をお願いしたのですが、彼の教えは次の通りでした。「契約書には平常どおり上手くいっているときのことなど、それほど詳しく謳う必要はない。お互いにすれ違ったとき、さらには究極のすれ違いである別れるときの条件については、こと細かく決めておく必要があるのだ。すなわち契約書とは別れの条件をしたためた書面なのだ」と。

 結婚を間近に控えた25歳の若造には、あまり深い意味はわかりませんでした。
 2008/05/18 17:08  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

契約に関する大いなる誤解
契約および契約書にかかわる大いなる誤解をされているケースや、詳細を理解されていないケースにに少なからず出くわします。

 「口頭すなわち単なる口約束でも、契約としては立派に成立している」という程度の知識は皆さんご存知のことと思いますが、少し突っ込んでいくと怪しくなる方は意外と多いのではないでしょうか?

では、問題です。

1)口頭でも契約が成立しているとなると、いわゆる“契約書”にはどういう意味と役割があるのでしょうか?

2)当事者が記名押印もしくは署名した契約書と、単なるメモやメールでの約束事はどう違うのでしょうか?

3)“契約書”よりも“覚書”の方が、簡略で法的効果も弱くなるという理解は正しいでしょうか?

さて、正解です。

1)契約は、口頭だろうが書面だろうが手段は問わず、当事者間の約束が成立した段階で実体として有効に存在するものです。ただし、その実体を目で見える形で第三者にも正確に伝えるために、何がしかのエビデンスが必要で、それを“契約書”として作成するのが無難であるということなのです。役割としては、当事者間で約束事の再確認の拠り所になるとともに、最終的には裁判所での証拠となるものが契約書です。言った、言わないの醜い争いはよく見聞きしますよね。

2)証拠能力の高低に差がつくだけで、メモやメールもちゃんとした記名押印や署名がある契約書に準じる立派な契約書の範疇に入るドキュメントです。刑事裁判は疑わしきは罰せずという原則にあるように、完全に真っ黒であることが立証されない限り有罪にはなりません。(実体は甚だ怪しいですが…)一方で、民事裁判は真実とは別の次元で、訴訟という手続の中で証拠能力の高かった方が勝ちます。より証明力の高い証拠を積み上げて裁判官の心
証を勝ち取った方が勝訴するのです。誤解を恐れずに言うと、民事裁判はゲーム的要素が強いのです。すなわち、より強力なレアアイテムを持っているプレーヤーが勝つということです。

余談ですが、法律的には“記名押印”もしくは“署名”と表現するのが一般的で、“署名捺印”という表現は俗語でございます。

3)書面のタイトルは、契約の実体や効力には一切関係がありません。したがって、“契約書”だろうが、“覚書”だろうが“確認書”だろうが、タイトルは何だってかまいません。“契約書”と表題が打ってあっても中身が約束事になっていなければ、それはただの紙切れに過ぎません。

 “行列のできる法律相談所”は高視聴率をマークしていますし、NHKの“バラエティ笑百科”は20年以上も続いている長寿番組です。人々が、正確な知識を持ち合わせてはいないけれど、実は身近だったり切実だったり関心があったりするのが法律案件ということの表れでしょうか?

 裁判員制度の導入も間近に迫っています。少しでも皆さんの注意と関心を喚起し、お役に立てる法務事案を取り上げることができればと思っています。


 2008/05/08 22:12  この記事のURL  /  コメント(2)  / トラックバック(0)

24年の歳月を経て(2)
総合商社の新入社員の方々との三日間の真剣勝負が終了しました。

 ずっとしゃべりっ放しという訳ではありませんが、さすがに連続して合計26時間のプロセスオーナーを貫徹するとさすがに疲れました。とはいえ、強くコミットできた研修の後にいつも感じることですが、それは自己破壊的に沈殿する疲労ではなく、次なる自分に繋がる正のエネルギーとして創造的に蓄積するとてもさわやかな疲労感です。

 私の社会経験の年月を下回る年齢の方々を面前にしていることに改めて驚愕(おおぉ、こんなにオッサンになってしまったのか…)しながらも、全く違和感なく時間を共にすることができたのも、受講者に皆さんの素材としてのレベルとモチベーションの高さによるものと感謝しております。

 随所で、「私のビジネススキルの源泉は、実は皆さんの先輩から授かったものである。」ことを引用しながら、予め用意されたプログラムの他に、私がその先輩から教わった原理原則をいくつも紹介させていただきました。教わったから、教える。借りたから、返す。授かったから、捧げる。人間にとってごく自然で、当たり前の感覚ですよね。法律とか宗教の前に、そのような哲学的普遍的モチベーションが我々には生まれながらに備わっています。

 法律の世界も、普遍的で一貫した思想で貫かれているからこそ、法が法たる所以ですが、少なくとも一つ腑に落ちない二つの規定が知的財産権の中に共存しています。それは、特許で保護される発明と不正競争防止法で保護される営業秘密です。特許法の思想的根拠は、「人類にとって発明という行為が奨励されて無限に生み出され続けることは文明の発展を通じた社会の進化にとって不可欠のものであり、そのような発明が容易に他者に模倣されることでオリジンを生み出すモチベーションが阻害されることがあってはならないので、逆に一定期間は発明者に独占排他的権利を付与してそのモチベーションを維持する。」という考え方です。

 片や、不正競争防止法の下で保護される企業秘密は、「経済的競争はフェアに行われるべき(この点では独占禁止法の思想に近い立脚点ですが)という考えに基づき、物理的な犯罪である窃盗の構成要件を援用したスキームに支えられています。経済的競争や物理的犯罪は我々人間が後付けで行っている手段としての行動に過ぎず、人としての本質的目的や衝動と比べると一段下のレイヤーに属する行為と言うことができます。

 つまり、特許法は人間の本能的衝動を奨励、保護するためのものですが、営業秘密は人間の下衆な利己的な衝動を律していることになります。ここで、本能=利己という前提をおいてしまえば、同じ思想であると考えることもできるのですが、私は人間が持っている本能的自己実現欲という意味での本能と下衆な利己とは全く次元が異なるものと考えます。

 前者は生態系という、より上位の生命体の中に存在する遺伝子としての人間が次の世代に進化的突然変異を期待しながら情報を伝達していくことをミッションとしているのに対し、後者は当世すなわち自分だけがとても下品な利得を得られることができれば、後のことは「わしゃ、知らん。」というスタンスに過ぎないと私は考えます。特許法は前者に依拠していますが、営業秘密の保護は後者の位置づけとしか感じられないことが私が腑に落ちない理由です。

 情報を出すから情報が得られる。情報を得たから情報を出す。この本能的衝動に対する自由度が狭くなってきたことが、私が前の会社を卒業することを決意した大きな理由のひとつです。今回も、そのような私らしさを存分にさらけ出すことができる機会を与えてくださった関係諸社および諸氏に感謝するとともに、何よりもそういう私に対して最大の反応と相互作用をしてくださった受講者の新入社員の皆様に深く感謝申し上げます。

 受講生の皆さんの中で本稿を読んでくださった方は、当日学習した“ストローク”の応用編の議論だと理解していただけると幸いです。

皆さんに輝かしい未来のあらんことを祈念いたします。
 2008/04/13 05:26  この記事のURL  /  コメント(2)  / トラックバック(0)

法人格のジレンマ
カテゴリは企業法務としましたが、入口が企業法務で出口がMBAのココロになる議論です。

 法律行為の主体者になるには法人格が必要で、商標などの産業財産権の所有権者になるにも当然、法人格が必要となります。

 日本国憲法の下で、我々日本国籍の自然人は生まれながらにして法律上の人格を有していますが、その権利能力や責任能力については民法、刑法それぞれで20歳とか14歳とかさまざまなボーダーラインが規定されています。

 今となっては、(国によっては未だのところもありますが)当たり前のこの基本的人権も、歴史的に確立されたのはほんのここ数百年のことに過ぎないことを忘れてはなりません。

 さて、個人個人は独立した人格を有する人間が複数集まって組織を構成したときに法律上どのように扱うかが問題になります。そこで法人格という概念が必要となってくるわけです。組織が法人格を有するためには商法や会社法をはじめとするそれぞれの法律の手続にしたがって設立や登記を行うことになります。

 組織としての体はなしているものの、法律上の法人格がない集団のことを“権利能力なき社団”と称します。会社の中にあるサークルや法人登記していない労働組合などがそれにあたります。法人格がないことから、財産権をはじめとする法律行為の主体者にはなれないので、代表者や経理担当者が個人の名義で預金の管理などを行わざるをえません。もし、活動の結果として利益が発生した場合には納税が問題となります。これには様々な問題点や諸説があるのですが、本稿の趣旨とは異なるので割愛いたします。

 会社の法人格は上記のような法律上の裏づけとは別に、その方向性や個性はトップが人間として体現しています。それらを共有するために、ビジョン、ミッションなどが文章として定義することは多くの会社で行われています。

 ところが、非常に初期の濃い人的集合であるはずのベンチャー企業ですらトップと同じ目線で同じ立ち位置に立つことは意外とできていない現実に直面することが多々あります。先日あるベンチャー企業で、創業経営者の一人が社長に対して、社長の考え、意図が理解できない旨の発言をなさる場面に直面して驚かされました。

 社員の心と頭のベクトルの方向あわせをしていかなければならない経営陣ですら社長と一定の距離があるとしたら…。

 若い頃、頭ごなしに上司に叱られたときに、「私は君の人格を否定しているわけではない。君がビジネス上やった行為とその結果に対して怒っているのだ。」と何度となく言い聞かされました。以来、私の個人としての人格とビジネスは別物として扱おうという基本スタンスは身についたつもりでいますが、本当にそれでよかったのでしょうか。

 創業者は、個人としての想いや人格そのものが会社すなわち法人格と一体化しているからこそ創業者であって、そうして初めて会社は成長していくものではないかと。その法人格と心と頭が分離して手足としてだけ動く仲間だったら、その人々がいくら優秀であってもでも会社は成長しませんよね。

 法律的には法人格とそれに携わる人々の人格とは全く別次元のものですが、経営的にはビジョンとかミッションなどのきれいごとだけでは決して表現できない、心根というか魂というか、そういうものの強い結合が必要なのではないでしょうか。心霊主義的に表現すると、「幽体を通じて魂と肉体の強連結を図る」とでも言いましょうか。

 そうすると、バリューブックやクレドなどが、“魂”に相当する部分と“幽体”に相当する部分にきっちり分解されてていて、整合性をもって表現されていないと、肉体には連結しにくいということになりますね。さっそくお手元のそれらを見直してみませんか。

 2008/04/05 12:02  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

何がどうなる?
何が何?で、何がいつまで?の議論を展開してまいりましたが、今回は、で、何がどうなるの?というお話をいたします。

 他人の権利を侵害したら落とし前をつけなければならないことはわかっていますが、どんな落とし前が待っているのでしょうか?それを認識するには、権利の内容を理解しておくことと、法律がどのような救済を規定しているのかを知っておく必要があります。その上で、どの程度の罪の重さ(犯した権利の重大性と故意や過失の程度)なのかと、どの程度の罰(刑事責任=死刑・懲役・禁固・罰金と民事責任≒損害賠償)なのかがある程度見通しできていると、攻める場合も守る場合もおおよその当たりをつけることができます。

 商標や特許などの産業財産権は、文字通り財産権にあたります。財産なので個人もしくは法人による所有の対象となります。ただし、モノとしての実体があるわけではないので、法的には排他的使用権が認められており、侵害された場合には禁止権と損害賠償請求権を行使することができると定められています。

 モノとしての財産は、皆さんもたくさん所有していると思います。法律的には大きく動産と不動産に分けて議論されますが、動産の所有物の多くは身につけていたり自宅に置いていたり、会社のデスクの引き出しに入れたりしていると思います。そのような状態を占有といい、他人の占有物を自分や第三者の占有状態に移転させると“窃盗”になります。暴行、脅迫が伴った場合には“強盗”となり、窃盗の10年以下の懲役に対して5年以上の有期懲役と一気に罪は重くなります。

 ちなみに、他人が置き忘れたり、落としてしまったモノは占有離脱物を呼ばれ、それをちょろまかした場合には窃盗ではなく“占有離脱物横領”となり懲役は1年以下と定められています。このように見てみると、同じ他人の財産権の侵害でも罪の重さに応じて合理的段階的に罰が規定されていることがよくわかりますね。

 もうひとつ大事な分かれ目があります。親告罪と非親告罪です。強姦が親告罪で被害者の告訴がない限り立憲することができないことは残念ながら時々社会面で目にするので皆さんもご存知だと思います。

 産業財産権の中では商標権のみ非親告罪で、特許、実用新案、意匠ともに親告罪です。また、著作権も親告罪です。従って、商標法違反は消費者からの告訴や警察が独自に動くことで事件となりますが、それ以外は権利者が告訴したり提訴しない限り事件になることはないのです。

 いわゆるパロディは、著作権を侵害している場合も少なからず見受けられますが、本人が笑って見過ごしてくれれば問題になることはありませんが、商標権だけは別です。税関や警察などの当局がその意思と手によって動くことができるのです。重要度の軽重は簡単にはつけられませんが、商標権に関しては、そのことをよく理解しておく必要があります。
 2008/03/20 12:47  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

何がいつまで?
時効とか一事不再理という言葉が久しぶりに世間を賑わせました。

 法的権利の主体者は人に限られるのですが、会社や団体などは法人とみなして同様に権利の主体者になることができます。人はやがて亡くなり、法人は倒産したり清算しない限り半永久的に存続します。そこで相続や権利の存続、消滅のルールが必要となってきます。

 産業財産権のうち、アパレル業界でもっとも馴染みの深い商標権は登録後10年間有効で、費用を納めて更新し続ける限り永久に権利を存続することができます。デザインを保護する意匠権や発明を保護する特許権はそれぞれ登録後、出願後20年で消滅する有期の権利です。考案を保護する実用新案は6年だった時期もありますが、今は出願後10年間存続します。

 我々が工業製品としてアパレル商品を企画しても、そこには著作権は認められませんが、写真や絵画などの著作物を商品に転用することはあり得ます。著作権は、わが国では著作者の死後50年で消滅しますが米国では70年です。ハリウッドからの圧力の結果、わが国でも映画の著作権が公表後70年に改正されたことは記憶に新しいですね。さらに、米国では無名、変名、職務著作は発行後95年もしくは公表後120年と定められています。もっとやっかいなのは、この著作権の存続時期は国によって様々であるということです。

 このように、以前お話した、何が何?という第一関門を突破した後には、何がいつまで?という第二関門が待っています。

 冒頭に述べた時効は、1)一定期間継続した事実には法的保護が必要、2)権利の維持、行使に必要な措置を採らない者は保護する必要がない、3)長期間経過後の証明は困難なのであまりに過去に遡っての議論には限度が必要、の三点が根拠とされています。

 ただし、国によっても時効に対する考え方や長短は異なりますし、連邦制を敷いている米国においては州ごとに制度が違います。さらに、刑法には属人主義か属地主義かという問題があり保護主義、世界主義という概念もあります。

 サイパンは米国と連邦関係にはありませんが、独立国家ではなく米国の自治領です。今後は辣腕弁護士の手によって事実関係の議論ではなく手続の有効性を巡って高度な戦いが繰り広げられていくものと予想されます。

 何が何で、いつまで、という法的権利関係の実体もさることながら、それらの権利をどのように実現、行使していくのかという手続に関しても、うっかりしていると大変なことになりかねませんね。

 2008/03/16 02:30  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

何が何?
今週、某社にて産業財産権のミニセミナーを開催します。

 産業財産権は法律では、「特許」「実用新案」「商標」「意匠」「著作物」「商号」などと定義されていますが、デザインや企画に携わる多くの現場の皆さんには、自分たちの業務を取り巻く様々な事象の中で、何が何に相当するのか、実はあまりよくわかっていないというのが実情のようです。

 我々は日常的には、「社名」「ブランド名」「ショップ名」「デザイン(洋服全体のシルエットからディテール、色、柄、ワンポイントにいたるまで様々な意味で使われます)」などの言葉を用いて業務上の対象を認識しています。ところが、それぞれが法律上の何にあたり、どんな認識や注意が必要なのかを理解していないと他人の権利を侵害したり、自らの権利の正当性を主張できなかったりということが起こります。

 法律には、「実体」と「手続き」が定められています。実体法と手続法という分類です。実体とは権利の中身と権利の主体、守られるべきもの(法益)などが定義されています。手続法では、行政上の手続きや法的効果を発生させるための手順が定められています。

 たとえば、特許庁に商標を登録すると「商標権」が発生します。商標権は登録権利者に対して「排他的使用権」と「禁止権」と「損害賠償権(民法も加わります)」を付与するものです。したがって、「財産権」と「差し止め請求権」を規定している法律ということができます。

 裁判員制度の導入を前に、日常的ではない法律用語を平易に表現していく動きもあるようです。とはいえ、プロとしては、自分たちが携わっている業務にまつわるルール、すなわち関連諸法を知らないでは済まされないという自覚を持つべきです。ストライクを三つとられてもまだバッターボックスに突っ立っている打者がいたとしたら、それはプロとは言えませんよね。

 法律とは社会的関係性の中で権利と義務を定めたものです。そこでは権利の中身と権利の主体者、および権利の実現方法とそれらの裏返しとしての義務が規定されています。

 平たく言うと、やっていいこと、やれること、してはならないことのルールブックが法律です。繰り返します。ルールを知らないままスポーツをプレーすることは滅多にない我々なのに、専門的に従事している業務にもかかわらず、実はルールをよくわかっていないというのが正直なところではないでしょうか?

ちょっとみんなで胸に手を当ててみませんか?
 2008/02/19 13:22  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(0)

産業財産権
 昨日、とあるクライアントとの議論で、コンペティターのメーカーの売れ筋のアイテムの同様素材の同じアイテムを製造することの是非がテーマになりました。

いわゆるデッドコピー(先行商品の全くの模倣)は不正競争防止法に引っかかる可能性が大ですが、下記の趣旨のお話を差し上げたところ、トップも納得しておられました。

 デッドコピーは法的にも商道徳的にも許されるものではありませんが、市場の売れ筋から消費者から支持されるキーワードを読み取って(もしくは先取りして)、それを自社の技術と世界観で再現することは、ある意味ファッション業界におけるモノ作りの本質であって、必要以上に苛まれることはありません、と。

 ただ、市場やサイト上に露出した自社オリジナル商品がいとも簡単にパクられてきた経緯に辟易してこられたご当人としてはセンシティブになっておられるのだろうと想像いたしました。

 はたして、表題の産業財産権について正しい認識と運用ができているアパレル企業と関連業務の従事者はいかほどいらっしゃるでしょうか?

 模倣は人類にとって学習の源泉にほかならないのですが、ビジネスの場面ではルールの遵守と倫理観の維持が重要となります。わが国を含めて、今では先進国と呼ばれている各国もその歴史の過程ではルールと倫理よりも経済成長が優先してきた結果として今があるという事実は否定することができません。世界に目を向ければ国レベルで、わが国の業界内でも企業や人レベルで、それぞれの進化のステージは偏在しています。にもかかわらず、我々は国境を越えて同時代の同じ時間を共有せざるを得ないのです。

 古くは「工業所有権」と称されていた表題の「産業財産権」には、“特許権”“実用新案権”“商標権”“意匠権”が含まれています。また、それらに“著作権”を加えて「知的財産権」とも呼ばれたりします。知的財産権としてはそれら五つの権利ではカバーしきれない様々な無形資産が“不正競争防止法”によって保護されることになります。「無体財産権」とも総称される場合があるのはそういう意味です。

 知的財産権の議論を少し深めることで、法務全般にわたる基本的フレームワークとそれをビジネスの場面にどう適用していくかのセンスを広範に共有することができます。しばらく知的財産権にまつわるお話を続けてまいります。
 2008/02/14 23:17  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

げに恐ろしきは業務上横領
 地方公務員の収賄の数が激増したとの報道。業界用語(アパレルではないですよ)では“サンズイ”と称します。汚職の文字が語源です。他に“マルボウ”“ワッパ”などたくさんありますが‥

 ところで、たまに社会面で目にする「業務上横領」という言葉ですが、実はとても身近な犯罪なのです。何気なくプライベートの携帯を会社で充電しているあなた、立派な業務上横領罪です。業務上横領の構成要件は、“業務上占有する他人の物を横領”することです。もし、会社のボールペンを使って私用の記述をした場合は、会社の所有物であるところのボールペンのインクを業務上横領したことになってしまいます。

 最近、こんな出来事がある会社で発生しました。大きな会社では当たり前になっている従業員の出張清算や小口経費清算の銀行口座振込みを総務や財務の窓口で現金で行っている中小の企業はまだまだたくさんあります。規模も大きくなり、安全面からも振り込み清算に仕組みを変えることにしたところ、社員から大ブーイングが発生いたしました。会社としては振り込み手数料を負担しないために振り込み元の同支店で口座を持つことを社員にお願いすることになるのですが、社員の言い分は以下のとおりでした。

 当該銀行のATMが自分の生活圏にない場合は、小口の経費を下ろすためにわざわざの負担が増すことになる。それは、よしんば労力の増加なので受容できるとしても、時間外の利用をせざるを得なかった場合には、105円の手数料が発生してしまう。会社は社員に手数料の発生を強要するのかと。その銀行は、普通預金に10万円以上の残高があれば時間外のATM手数料が無料になるというサービスを行っているのですが、若い社員の言い分は、メインの口座以外に10万円も寝かせておく経済的負担はできないというものでした。

 最終的には、会社の最寄のATMへの業務時間中の外出を各上司が柔軟に認めるようにというお達しで解決したのですが、皆さんはこのお話、どう思われますか?会社が社会通念上許される範囲内で経済合理性と安全性を追求した仕組みとして、法律的にも常識的にも何の問題もありません。社員も、毎日お昼休みがあって、その間、外食したりお弁当を買いに行っているわけですから、そのなかでやりくりするのが従業員の正しい姿です。

 今回のような主張を行う社員は、勤務時間中に無駄なおしゃべりもしてはなりませんし、まして法定の休息時間以外にタバコ部屋で一服など、もってのほかです。業務上横領には問われませんが、会社から時間を盗んでいることになりますよ。

 でも、タバコ部屋でのミニミーティングがいろんなネタの創発の場になっているという話は複数の会社で耳にします。いずれかの機会にタバコ部屋の功罪についても議論してみたいと思います。
 2007/12/27 22:28  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

個人情報保護法
 先日、「組織文化」に関するプロジェクトをご一緒させていただいている大学の先生方お二人と打ち合わせを兼ねた忘年の宴を催しました。

 それぞれ、関西と中部の公立大学で経営学を教えておられるのですが、実は共通の恩師が加護野忠男先生で、研究テーマは組織論というお二人です。お一方とは、大学院時代にの講義で席を並べたご縁もあり、今回のようにプロジェクトをご一緒させていただいてりしております。

 12年前の当時は、社会人対象のMBAコースの黎明期(私が神戸大学の第5期生になります)で、私の代は実験的に一年コースが設けられていました。最初の半年で、夜や土日だけでなく平日の昼間の講義でも単位を取得し、後半で一気に修士論文を仕上げるという強行スケジュールでした。おかげで昼間の講義でプロパーの院生と机を並べることができ、今でも親交のある先生方が多数いらっしゃるので、私にとっては素晴らしい財産になっています。

 その席でお二人が口を揃えてぼやかれてたのが、大学における行き過ぎた個人情報保護法の解釈と運用でした。大学ではゼミ生や院生の受け入れの際に面接試験が行われるのですが、同法のおかげで面接が全くその体をなさなくなったというぼやきです。

 お酒の席ゆえに、多少面白おかしくするために誇張はされていたでしょうが、なんでも面接時に本人の趣味嗜好はもちろん、家族関係や家族や友人との印象に残った出来事や思い出などを一切聞いてはならないというお達しが出されているとの由。結果、その人の人となりは全く窺い知ることができず、ペーパーテストの結果のみで選考を行わざるを得ないのが実情だそうです。本人が勝手にペラペラしゃべればラッキーなのですが、重要な意味情報につながる話は、ほとんど何も聞けないで終わるそうです。

 法律の解釈と運用には高いレベルの理解力と応用力が求められます。その一方で、形式的に受け止めて形式的に運用することはいとも簡単で、今回の例は典型的な形式解釈、形式運用の結果です。立法の趣旨としてどのような構成要件が想定されているのかを概念的にもしっかりと理解し、守られるべき法益は何なのかを的確に掌握しなければ、実質的理解と正しい運用はおぼつきません。

 ことに個人情報保護法は、社会面を賑わす様々な事例が発生し続けていることから、各関係者が必要以上にデリケートになった挙句、行き過ぎた形式運用に陥っているケースがままある法律の代表例です。ニュースで見聞きする個人情報漏えい事案には弁解の余地はありませんが、そもそも本法の趣旨は、“本来の目的と用途以外での個人の情報の利用、転用は本人の承諾がない限り許されない”というものです。

 それなのに、面接試験で“個人にかかわることは何も聞くことができない”という縛りとして現場が萎縮しているとすれば、お達しを出す側の理解力と運用力に?を付けざるを得ません。

 やっかいなのは、理解力がないのではなく、責任能力を果たしたくないという意思が働いている場合も多々あるので注意が必要である点です。形式的には問題が起こりえないようなお達しを出すことで自分の仕事が終わって責任が回避できていることにしたい人々、すなわちお役所仕事で終わりたい人々がたくさんいるという点です。彼らは、事務手続きの委任は受けているけれども、結果、効果を問われる業務を請け負った覚えがないというスタンスなのです。

 もっとやっかいなことは、平気でお役所仕事をしている民間企業の社員もたくさん見受けられるということです。彼らの存在のおかけで、法改正や制度的枠組みの変更の都度、おいしい思いをしているITベンダーやコンサルタントもたくさんいらっしゃるようです。経営者の方々、敵は社内にも社外にもいるので要注意ですぞ。頑張れ、文部科学省!!

 
 2007/12/17 14:22  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

アパレル法務
久々に法務の話題になりましたので、しばらく法務マターをアップしてみます。

 時は1984年4月、新入社員として入社して三週間程度で法務部門に異動になったのですが、法務機能の設置と充実を推進していた当時のボスはこんな風に言っていました。(現代では社会的にあまりふさわしくない言い回しも含まれていますが、84年当時のお話ということでご容赦ください)

 “北村君な、アパレルはとても女性的な業界や。後先あまり考えることなく、やりたいことを
パッとやってしまう。そのくせ、うまくいかなくなるとヒステリックになるし、笑顔で誤魔化そうとする、そういう体質の業界や”
 “それと、会社もこれだけ大きくなってくると(私の入社当時で1300億円の売上規模でした)、だんだんとストライクゾーンが狭くなってくる。昨日まではストライクと判定されていた同じコースが、今日はボールと判定されてしまう”

 その二つの意味で、いままさに当社には法務機能の充実が求められている、このままでは会社の屋台骨が揺さぶられかねない と教えられました。

 さらにボスは、アパレルに必要な法務の分野を次のように三つに分けて定義されました。
  1)商標問題(その後「知的所有権」〜「知的財産権」と再定義)
  2)契約問題(国内の販売先や製造委託先との基本契約やライセンスやデザイナー契約など)
  3)消費者問題(当時は消費者クレームへの適切な対応という定義、現代ではCSRという言葉でくくられる分野)

 80年代半ばのアパレル企業において、このような法務ドメインを規定して専門部隊を有していたのは他にあまり例がなかったのではないかと思われます。

 入社当初は中堅ブランドの生産コントローラーに配属されて、“よしっ、アパレルの世界、全然わからんけど、モノ作り頑張るぞ”というモチベーションから、ほんの一ヶ月弱の期間で、“なんや、もっとようわからんけど、何やら大変な仕事のようだ…”ということで私の法務業務はスタートしたのです。

 そのときの苦労話など、追々ご紹介していければと思っているのですが、法務の仕事を始めてすぐに感じたことは、“なんで俺はアパレル企業に入って、こんな仕事をしているんだろう…?”という釈然としない思いでした。華やかかりし(私にはそう見えた)営業や、モノに携わっている生産の同期の連中の動きや話を羨ましく思うことも多々ありました。

 ところが、今になって振り返ってみると、社会人のスタートの数年間をそのボスの下で法務業務に関わることができたことが、その後の私のビジネスの礎になっていることを鑑みると、会社やボスや迷惑をかけっ放しだった周囲の皆さんには感謝の言葉もありません。。
 2007/12/12 22:32  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

委任と請負
 先日、“まっこと加護野先生に失礼な”とご紹介したファーストフードの会社ですが、日経ビジネスでCEOが次のように語っておられました。

 日ごろから、このような事態に備えて社長へのホットラインを敷いて、密告ではなく告発により情報が上がってくることを期待し、「手段があればよし。」としてしまった…と。

 民法上、取締役は株主と委任契約を結んでいることになるので、社会通念上合理的な期待のもとに一定の手段を講じれば委任契約上の責任は果たしていることになります。つまり、かのCEOは最少限の民法上の委任契約の要件を満たしたことで、よしとしてしまっていた訳です。

 ちなみに、委任契約とは一定のプロセスを業務委託するもので結果責任は問われません。一方で請負契約は結果を出すことが求められている契約形態です。たとえば、工務店が委任契約で建築を引き受けて、予定通りの100日間の労務は提供したけど建物はできませんでした、では許されませんよね。

 経営者は、一所懸命頑張ったけど利益は出せませんでしたということで、委任契約上の責任を問われることはありません。ただし、辞任を迫られたり、商法の手続きに従って解任されたり、次回選任されないことが起こり得るのです。

 また、昨今は商法の規定が改正されて、商法上の取締役の責務は強化される一方です。会社レベルでもコンプライアンスが強く求められ、経営者は“俺、委任契約だから…”とは言えない時代になりました。このニュアンスは、サラリーマン経営者にしかないもので、オーナー経営者はそんな発想はかけらもないはずです。

 このように、社会的背景や法律的背景によって、経営者が求められる責任の範囲や重さは複層しています。皆さんが当たり前と思っている常識と、社会的に求められているものにギャップがあると不幸な幕引きになりかねません。

 自分の理念や信念とは別に、法律(社会のある種の鏡のようなモノサシです)上のフレームワークを理解しておくことがいかに大切か、理解を深めていただくことを祈念いたします。



 2007/12/11 23:03  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

出るわ出るわ
 前回、法務という武器を持とうというお話をさせていただきましたが、どうやら武器以前にもっと大事なものを忘れてはならないようです。

 それは、経営者のリーガルマインドです。リーガルマインドというと何か特別なことのように感じられますが、日本語で言えば、当たり前の社会常識のことです。

 雪印事件が少し遠い昔の話で、ミートホープや不二家の事件があって、白い恋人から赤福、御福にまで飛び火する昨今、安心して口にできる食品はあるのでしょうか?この時代にジュリアス・シーザーのストレスを理解することになろうとは…。

 次は、何が出てくることやら。「○○○、お前もかっ!!!」

 さらには、ニチアスから東洋ゴムと、業界の硬軟を問わず同じ構造の問題はあるようで、私たちアパレル業界も、カシミヤで痛い目にあったケースもありますし、ダウンでやんちゃをしている大企業もあります。

 直近の書籍では、鳥飼重和弁護士の著による「豊潤なる企業−内部統制の真実−」がこの問題に鋭く警鐘を鳴らしています。

 知識やスキルは外部から持ってくることができますが、経営者のマインドは本人の内発的動機付けに依存するので、やっかいです。

 企業法務の入り口の議論が終わりましたので、次回はカテゴリーを転じます。
 2007/11/07 09:44  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

武器を持とう
 医学の世界に「臨床医学」と「予防医学」という分野があります。前者は、怪我したり病気になってしまった後で、それらを治すことを指します。後者は、怪我や病気を未然に防ぐさざざまな方策を総称したものです。

 同様に企業法務にも「臨床法務」「予防法務」があります。トラブルや事件が起こってしまってから、それらに対処するのが臨床法務です。速やかに情報開示をしたり、商品回収を図ったり、再発防止策を立案したりすることがこれに当てはまります。

 そのうち、再発防止策の立案は広義の予防法務に入るのですが、本来的には、そもそもトラブルや事件が起こらないような対策を施しておくことが予防法務です。事が起こってしまった際の迅速な対応マニュアルを定めることも重要な予防法務となります。

 さらにその先には「戦略法務」という概念があります。予防を超越して法務事案を戦略的に企業活動に活用することです。なかなかイメージしにくいかもしれませんが、敗訴は免れないが立場を明確にするために裁判を起こすとか、昨今我が国でも動き始めた、部分的に分散している特許権を集約することでパテント収入を得る行為などがこれに当てはまります。

  ■□■迅速かつ的確に対処する(コトが起きてから)「塵取りと箒」
  □■□未然に予防する(コトが起こらぬよう)「盾」
  ■□■戦略的に活用する(コトを利用する)「矛」

 
 以上が、企業法務の3ステージです。掃除道具はもとより、是非とも両方の武器を持ち合わせて下さい。
 2007/11/04 15:57  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

いま再び企業法務
 「コンプライアンス」「内部統制」「CSR」などの言葉を耳にしない日はありません。再び「企業法務」が注目される時代がやってきました。
 
 私が法務部門に配属された1984年当時は、企業法務という言葉は今ほど馴染みのある言葉ではありませんでした。それが、80年代終わりから90年前後にかけてバブルの波とともに「企業法務」のうねりが起こりました。時はまさに、リクルート事件が大きな社会問題となり、企業の財テク(すっかり死語となってしまったが)などの本業とは無関係のバブリーな利益追求行為の是非が問われた時代でした。

 十数年の年月を経て再び経営者が法務に真摯に直面しなければならない局面となりました。我々にはなかなか実感の沸きづらい景気拡大の昨今ですが、経済や経営がある種の成長を遂げて異なるステージに到達することで、経営者は、新しい、さらなるルールの遵守を求められることになるという歴史的必然のように感じられます。

 時代は異なるものの、そこには普遍的原理原則や思想があるように思えます。「企業法務」シリーズでは、80年代の法務の波を専任担当者として経験し、現代の波をコンサルタントという立場で実感している私が、現場体験知をベースに少しだけアカデミックに論述を進めてまいります。
 2007/11/02 20:23  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

プロフィール

北村 禎宏(きたむら さだひろ)
ファッションビジネスコンサルタント
アパレル企業での実務経験とMBAの経営理論を融合させ、クライアントの問題解決やアドバイザリー機能を提供。
「アナログ」と「デジタル」、「実践」と「理論」のハイブリッド型コンサルティング活動を実践するとともに、教育・研修事業も鋭意展開中。

北村禎宏 プロフィール
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