
あまりに速く走り続けた日々を反省するかのように、今回のお正月はことのほかをゆっくりと丁寧に迎えた。新年の準備を1週間前から始められたのは、結婚して以来初めてかもしれない。今まで汚れるままにしておいた本棚の裏やら、置物の下まで拭き掃除をした。三が日のためにだけ登場する屠蘇セットや正月飾りを出し、1年ぶりに手入れをしていると、こんな豊かな時間があったのかと新しい発見があった。今までだって同じことをしていたはずなのに、ただただお正月を迎える準備をしなければいけないという義務感だけで動いていたのかもしれない。
12ヶ月の野草の蒔絵がほどこされた漆のお椀や朱色の屠蘇セット、そして、シンプルな朱と黒のお重を磨いていると、どこかしら、心がシンをしてくる。漆器のもつ日本美に気持ちが和み、作り手のぬくもりが伝わってくる。この静けさはどこからくるのだろう。
漆器集めをはじめたのは結婚して5年ほど経ったころだった。通りがかった古い一軒家の窓際に置かれた黒の漆の大皿。その上にはたった1個のゆず。私はその美しいフォルムに魅せられしばし、佇んでしまった。気がつくと誰が住んでいるとも知らないその一軒家の玄関のブザーを押していた。「すみません、あの漆器の大皿をみせていただけませんか」応対に出たのは白髪混じりの髪を無造作に後ろに結わえた小柄な女性だった。
「どなたかの紹介ですか」「いいえ、あまりにあの大皿が美しかったので、ずうずうしいお願いですみません」まあまあ困ったお方だこと、といわんばかりの表情を浮かべ、もう少しで門前払いをされるところを、私はもう一度お願いした。「あの漆器を見せていただくだけでいいのですが」すると、その女性は突然笑顔になり、「そんなに漆器が好きなら、あちらからどうぞ」と離れの入り口を指差した。

小さな何の変哲もないドアを開くと、おっと、そこは驚くほどの漆器の宝庫。大皿だけでなく、蒔絵椀や水差し、茶托にボールなど、あらゆる形の漆器作品がずらりと棚に並んでいる。実はここは日本を代表する漆器作家のひとり、なかにし正先生の家だったのだ。そんなこととは露しらず、入り込んでしまったその部屋で、私はそれから漆器の世界を何十年も旅することになる。その旅の結果、今では先生の展覧会を開けるのではないかと思うほどの漆器が我が家に集まった。その一部がお正月に活躍するのである。
「お椀の底に大根の薄切りを敷くと、雑煮の餅がくっつかなくていいのよ」通い続けるうちに、漆器の使い方まで教えてくださった。その人は、最初に応対に出てくださったあの小柄な女性、なかにし夫人であった。
「お重はしまっておかないで、普段は和菓子やチョコレートを入れておくと便利よ」確かに重ねておくので、場所をとらない。
「普段はぬるめのお湯で洗うだけで、大丈夫。油が気になったら、洗剤を使っていいわよ。でも、洗ったら、なるべく早く拭いておくことね。」漆器は使いにくいと思っていたけれど、毎日使ううちにこんなに軽くて口当たりもよく、洗うのも簡単な器はないと感じるようになった。機能美を楽しむ毎日は贅沢だ。
私を漆器の世界に導いてくださったなかにし先生も夫人も数年前この世を去られた。私と私の家族にたくさんの思い出と日本の伝統文化を残して。
お正月の用意をしながら、お二人のことを思い出していた。いい人との出会いのお陰で、こんなに素敵なお正月を迎えることが出来るようになった。お二人の笑顔がみえるようだ。
今年成人式を迎える娘も漆器の扱い方を今ではすっかりマスターしている。
仕事で疲れていたりすると「ああ、お正月なんて来なきゃいいのに」なんて思うこともあったが、やっぱり、お正月はおめでたい。幸せな元旦をスタートできることに感謝したい。