« 暮らす | Main | ナイショ話・ヨイショ話 »
一生懸命は美しい。初めての競馬
去年新しくなったという東京競馬場に初めて行った。全国外部取締役会の女性会員の親睦会も兼ねて競馬を楽しむという会が催されたからだ。会員の一人にJRAの関係者がいて、特別室を用意してくれた。この特別室がすごい。競馬場ってこんなに健全で、楽しい雰囲気なんだといままでの思い込みが一新した。(写真;特別室で食べたランチ)


というのも大学生の頃、私は国立や武蔵小金井に下宿しており、ときどき競馬電車と呼ばれているJRを利用していたので、日曜日ともなると、競馬新聞を手に、耳にちびた鉛筆をかけた親父さんたちに大勢あっていたからだ。なぜかみんなグレイ一色で、眼は新聞にくぎつけ状態。ちょっと怖い雰囲気を醸し出していた。競馬っておやじの賭けごと、女人には関係ないと思いこんでいたのだ。

ところがどっこい、東京競馬場に行ってびっくりした。こぎれいな人々がいっぱい。それも親子連れや若いカップル。広い馬券売り場は自動化されていて、殺気だった感じはない。(写真;ここで勝った馬券を換金する)

馬券の買い方も、かけ方も知らない私は単勝くらいしかわからず、ベテランの方の説明を聞きながら、安全圏で馬券を求めた。結果は2万かけて2万のもうけ。イーブン。馬が走りだし、私たちの前を通っていく頃になると、なぜかびっくりするほど興奮する。これか、親父さんたちを躍らせていたものは。生きた馬がジャッキーとひとつになってゴールを目指す姿はただ、それだけで美しい。一瞬の姿に魅了させるとはこのことか、と現場に来て初めて感じた。

オークスのメインレースの前にパドックに連れて行ってもらった。馬主さんたちと同じ場所で、まじかに馬をみせてもらったのだ。なんと美しい。選ばれた馬たちは自信にあふれていた。走ることが仕事、だから一生懸命に走る。結果は二の次。これが競走馬の使命だ。
何も考えずに、走ることに専念する。馬と同じように私たちも働くことができたら、働く姿はもっと美しいかもしれない、なんて、つまらぬことを思ったりしていた。パドックにはもうひとつ美しい発見があった。偶然その場に居合わせた若手ジャッキー。小柄であるが、ハンサムボーイ。こっちもしっかり見逃がさずにチェックしてきた。(写真;パドックの中。)

新しい経験には教わることが多い。時代とともに変化する競馬もそのひとつ。そしてサラブレットとして生まれ、その中から選ばれてこの場にいる馬たちの自信にみちた姿。おやじだけのレジャーを卒業し、ファミリーで楽しめるようになった競馬場。その場で働くひとびとのプロ意識。どんなことでも「一生懸命は美しい」。そんな美しい生き方をのぞかせてもらった楽しい1日であった。(写真;こんな近くで美しい馬を眺められた)

 2008/06/05 22:29  この記事のURL  /  コメント(1)  / トラックバック(0)

都をどりと一力茶屋
友人夫婦に招かれて、京の都をどりを見に行った。祇園の舞妓さん芸妓さんたちが日ごろの精進を発表する場とあって、お贔屓さんも多い。華やかや舞台の裏では、涙ぐましい努力がされているのはどこの世界でも同じだが、ひとつ違うのは舞台がはねた後、彼らにはお座敷という本業が待っていることだ。



踊りを見た後、一見さんお断りというというあの祇園一力に初めて足を踏み入れた。赤茶色のヘイの中はどんなだろう、と前を通るたびに思っていたあの一力である。そして、そこにあらわれたのが、先ほど舞台に上がっていた舞妓さんと姉さん格の芸妓さんたち。舞台前にお茶をたててくれた芸妓さんもきてくれた。

彼らは美しいだけでなく、とにかくかわいい。気配りもすごい。話もうまい。そして、なによりも上品であった。背筋をピンとのばし、どんなしぐさも舞いのような型をもっている。こんな女性たちに囲まれたら、女性の私でもいい気分になってしまうのだから、男性たちはなにをかいわんや。仕事で参加できなかった夫が本当に悔しそうにしていたのが分かる気がする。



祇園がいい大人のボーイズクラブだと聞かされたいたが、実際にいってみたら、納得がいった。舞妓、芸妓という職種の一流のビジネスウーマンが美しく働いている祇園。それはまさに日本の高級ブランドのひとつといえる。
 2008/04/18 23:01  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

「あなたのさくら色」」募集中
レナジャポンというスキンケアのブランドを3月6日に本格ロンチした。去年の11月1日にソフトロンチといってテストマーケティングを踏まえての商品販売を始めたが、正式な発売は今年になる。ソフトロンチをしてから3か月はとにかく、不具合を調べるのに費やされた。HPの改善、フリーダイヤルの設置、その応対の方法の確定、Eコマースによる販売の支払方法の確定や改善、商品説明の不備の改善、物流倉庫の確定など。やらなければいけないことは天まで届くほどだった。人力もたりない。私を含めてたった3人という少人数でスタートした。

スタートしたばかりのこのビジネスをとにかく軌道にのせようと私たちを駆り立てたものはレナ・ジャポン・インスティチュート(株)が掲げているミッションの一つ、社会貢献活動としての「さくら芸術文化応援団」の存在である。売上の一部を芸術文化を志す日本の若者の育成に役立てる。大きな夢を追いかけている。だからこそ大変も楽しい。

利益があがるまで、社会貢献活動はできない、と思っていたが、やはり、利益が上がるまで待たないで、小さくてもいいからスタートさせよう、ということになった。もちろん、ありんこのように小さなスタートである。それが今回始めた「あなたのさくら色」募集。さくら芸術文化応援団のオープンニングイベントである。

「あなたのさくら色」。それは百人百色のさくら色でもある。レナジャポンにとってさくら色は「幸せを運ぶ大人のピンク色」。ボトルカラーでもあり、メッセージカラーでもある。自分がさくら色と感じたものを写真で撮って、応募してもらい、作品をレナジャポンのHPに発表する。HPにはたくさんのさくら色が並ぶ。その日がたのしみだ。未来のプロカメラマンの作品群。そう思うと心が弾む。おもしろそうだと思ったら気軽に応募してほしい。感じたままに、美しい作品を、楽しい作品を待っている。詳細はレナジャポンへ。

 2008/04/08 21:58  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

和紙のお雛様づくり
銀座ミキモトが開催しているミキモトアカデミーの講座に参加した。「和紙でおひなさまをつくる」という面白い催しである。先生は店舗デザインやインテリアデザイン、イベントなどで幅広く活躍しているO女史。先生のわかりやすい説明を聞きながら、色とりどりの大小の和紙を使って、お内裏様とお雛様を作った。

といっても基本は折り紙。その折り方さえ覚えてしまえば、あとはバリエーションをつけるだけであるが、これが、なかなか思うようにはいかない。先生のクリエイティブな作品をみながら、「私は大雑把だから」「私はぶきっちょなの」など言い訳をしながらも、気がつくともくもくと手を動かしていた。そのクリエイティブな時間がなんと心地良かったことか。出来上がった作品はともかくとして、集中しながら何かを制作するという喜びを久々に思いだした。

写真の赤と黒の対は教室で習った私の作品。グレイとピンクのちょっとアバンギャルドな対は、アカデミーの後、自宅で復習して作ったもの。そして、白の対は先生の作品。

和紙のお雛様づくり、これは結構いける。
華やいだ気分になれるだけでなく、老化防止にもなる。
 2008/02/21 03:11  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

クリスマスにはハッピーメッセージ。
朝起きてみると、一面の雪景色。軽井沢でのちょっと早いクリスマスは白一色で始まった。大賀ホールでのプラターズのコンサートに行くために前日入りし、準備をしていた私達に、雪は嬉しい期待はずれだった。ホワイトクリスマスにプラターズと舞台はそろっていたが、演奏の最中に何度も腕時計をみるシンガーの姿に集中力をなくしたことと、あいにくオンリーユー一曲だけしか知らなかったこともあり、私にはちょっと消化不良気味のコンサートであった。その思いはプラターズファンの友人たちも同様だったようだ。その後の食事会では大いに音のはずれ具合の話でもりあがった。期待が大きすぎたせいでもある。思えば、彼らも立派なシニアだから、日本ツアー最終日ということでお疲れだったのだろう。きっと。


クリスマスプレゼントは思いもよらず、娘から手作りの兎の置物をもらった。オランダの美術店で見たふくろうにインスパイヤーされて始めたふくろう作り。ふくろうが幸せのシンボルということもあり、陶土を使って作品づくりはかなり年季がはいってきている。兎はふくろうに続く第二のキャラクターである。
その作品のひょうきんさもさることながら、母を喜ばせようと陶土をこねている娘の姿を思い浮かべると、そのひたむな心に感謝した。そして、圧巻はカードのメッセージ。涙なくして読めない。その本音のメッセージはなにものにも代えがたいものがあった。普段いえないことをクリスマスカードに託す。これは本当の意味でのクリスマスプレゼントかもしれない。モノをあげるだけでなく、1年の感謝を言葉にする。その小さな勇気があれば、たくさんの人が幸せになれる。クリスマスってそんな日のことかもしれない。


追伸
11月ロンチしたばかりのスキンケアの新ブランドLENAJAPON.COMで今、来春発売予定のUVのボトルデザインの投票をしています。ぜひぜひ一票を。持って歩きたいデザインはどっちかな?
 2007/12/25 01:48  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

BLUE MANがやってきた
NYのオフブロードウェイでヒットをとばしているBLUE MANのプレビューを見に六本木にでかけた。特設会場は黒い上等の椅子が設置され、大人たちが上質の笑いを楽しむ場所という感じであった。この会場の施主はインボイスという会社の社長である木村育夫さん。とにかく彼の発想はおもしろい。会社を興したかとおもったら、趣味で集めたお酒が増えて自宅に置けなくなったので、六本木にちょっとおしゃれな大人のためのバーを開いた。ここで、ゆっくり楽しむつもりでいたのに、なんと、そこにおいてあるお酒の種類がすごいというので、ヤドリギはいつもお客でいっぱいになり、繁盛してしまった。趣味や思いつきが商売になっている。実に多才な人である。

BLUE MANは顔を真っ青に塗った男性3人が一言も発せずに、映像や音楽などを通して、日常のありふれた出来事を表現していくコメディ。何が面白いかというのは言葉にしにくいが、とにかく面白い。程よく下品でもあり、程よく上品でもある。その按配がなかなかであって、会場まで巻き込んでの(もちろん仕掛けてあるのだが)演出は見事だ。

ココまで来れば、大人のお仕事といえそうな、このBULE MAN in TOKYOのチケットはすでに売り切れ状態。しかし、ロングランになりそうなので、まだまだ見るチャンスはありそうだ。このパフォーマンスの初演は1991年。楽しむのに英語力はいらない。五官で楽しむコメディ2時間。見終わったら、どっと疲れる。覚悟もいる。
 2007/11/30 21:57  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

童謡に動揺したよ。
ずいぶん長い間、書いていない気がします。いえ、実際は卒業した大学の今年の入学生向け学内報に寄稿したり、二人の本について、専門誌に宣伝をかねて書いていたりするんです。

そうそう、生き物文化誌学会というのが奈良であるというので行ってきました「子供の遊びと文化」というテーマだったのですが、とても面白かったです。何が面白かったか。そうですね、日本や世界のおもちゃを集めるのが趣味だった方が、博物館までつくってしまったということや、奈良で、わらべ歌を伝承しようと、お年寄りのところをたずねては、口伝えに1曲1曲集めた曲が350曲以上になり、それを子供の合唱団が歌ってくれたことなどなど。忘れかけていた、懐かしいあのころを思い出す旅でもありました。

♪兎追いしかのやま♪を子供のころに歌いながら、♪兎美味しいかのやま♪と思い込み、「ああ、かの山という山ではおいしい兎が獲れるんだ。兎を食べる人がいるんだな」、と子供心に残酷な歌だとおもっていました。わけもわからず歌っていたんです。日本語ってむずかしいですね。

今、童謡やわらべ歌、日本の小学唱歌を復活させようという動きが活発になっています。でも若い子供より、昔若かった子供のほうが熱心ですね。きっとその時の情景が浮かぶからでしょう。今の子供達はレンゲソウの広っぱで花の冠を作ったり、おたまじゃくしのいる小川に落っこちたりすることはめったにないでしょうから、♪春の小川はさらさらいくよ♪と歌っても情景が浮かばないから面白くないんですね、きっと。感情も入らないし。

もうずいぶん前、由紀さおり姉妹の童謡コンサートに行ったときのこと、会場からリクエストをとることになり、そのとき一緒にきていた当時小学生の娘が勇気をふりしぼって「四季の歌」をリクエストしました。すると、由紀さんはにっこり笑って、「あら、それは童謡ではないから」とやんわり、そして、次の方のところへいってしまわれた。その時の娘のビックリした様子は今でも思い出すとおかしい。『歌は世につれ』と時代とともに歌が変わることをいったのは古賀政男さんでしたっけ。童謡も変わっていく。およげたいやきくんは歌謡曲か童謡か。古きよき時代の童謡を認めながら、新しい童謡をも仲間にしていく。そうすると、呼吸をするように自然に童謡を口ずさむ子供達が増えるかもしれない。

大人の経験した童謡だけを子供におしつけるのではなく、今の子供の童謡をいっしょにうたう。それも時には大切なんだな、なんて、ことをおもったりする1日勉強会でした。





 2007/03/18 00:41  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

一流の時間、歌舞伎。
今夜、12月大歌舞伎を観に行った。幸運にも今回は桟敷席を取ってもらった。出し物は神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)、出刃打お玉(でばうちおたま)、紅葉狩(もみじがり)の3本。いやはや、この出し物の組み合わせと役者がよかった。ひさびさに観たということもあり、やはり歌舞伎は日本の誇るべき娯楽芸術だと実感した。

神霊矢口渡では若き娘お舟を演じる菊之助が素晴らしかった。若い娘を若い役者が演じる。コレは文句なしに美しい。その肌の光といい、しなやかな体つきといい、若さの特権ともいうべき青いエネルギーが劇場いっぱいに放たれる。重いカツラと衣装をものともせず、女性の色香を感じさせる演技に酔いしれた。次の世代を担う素晴らしい役者がここにいる。菊之助はまちがいなくその担い手の一人である。

すでにかなりの人気を博し、NHKの大河ドラマ、映画でも活躍している若き役者に海老蔵がいる。紅葉狩では彼が更科姫を演じた。姫の正体は実は戸隠山の鬼女。美しき姫が舞を踊るにつれ、鬼女に変貌していくその様は見事だった。ため息がでるほど迫力があり、また美しかった。

実を言うと私は海老蔵は人気の割には歌舞伎役者として踊りも演技もまだまだだと思っていた。それは今年オランダのアムステルダムでみた海外公演に原因があった。たまたまオランダに滞在していた私は娘と二人で海老蔵の藤娘をみる機会に恵まれた。彼の美しい顔立ちからさぞかし美しい娘に仕上がっているに違いないと期待をしてでかけたが、現実はその美しさよりも、男性らしいごつごつとした大きさのほうが目立っていて、女になりきれないのは稽古不足のせいにちがいないと思った。しかし、その後1年もしない日本の舞台で見た海老蔵はブラボーの一言であった。

娘いわく「この海老蔵さんには実際にあってみたい」。というのも娘はオランダでは舞台を引けた海老蔵とすれ違うという幸運に恵まれたにもかかわらず、振り向きもしなかったのだ。19歳の娘ならキャーキャー言いそうなものなのに。娘の興味は役者そのものよりもっぱら、役者の芸にあったらしい。感じることが大切なようだ。
その娘が今夜は私の横で、満面の笑みを浮かべて大きな拍手をしている。同じ芸術の世界をめざすバレリーナの卵として、この若き歌舞伎役者に尊敬の念をいだいたようだ。

私も目を瞠った。オランダで見た海老蔵とは段違いである。それはどうも劇場の広さにも関係するようだ。海外の舞台は小さい。歌舞伎用につくられているわけではない。そこでの公演はホームグランドのものにくらべて5割がた落ちる。外国人にはそれでもよいのだろうが、外国にいる日本人には期待はずれになってしまう。そして、役者達も時差ボケと戦いながらの公演になる。条件が揃わないところで100%実力を発揮するのは難しい。今回歌舞伎座での舞台を見てつくづくそう思った。

もちろん大御所の二人、菊五郎と梅玉が演じる出刃打お玉は安心して思いっきり楽しめた。流石だ。菊五郎は世代が近いということもあり、若いころからよく舞台をみていたが、どの時代も実にいい。年を重ねても失わない、あの色気とちゃめっけがいい。舞台の上でちらちらとみせるおちゃめぶりに人間味が加わる。

いい舞台というのはいい舞台人によってつくられる。そして、いい舞台人は見えないところで、その一瞬のために果てしない稽古をつづける。そのことを感じて欲しくて、私は歌舞伎や能、オペラやオーケストラなどいろいろな舞台に娘を引っ張り出す。一流の舞台人が作る舞台の裏に隠れている「なにか」、それを感じ取ってくれたら、もう、言葉はいらない。今夜もそんな一夜になったようだ。大成功。


 2006/12/11 01:21  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

令子は今。
今日は、最近の動きをすこし。

☆今、来年1月に出版予定の本を書いています。テーマは「キャリアについて」かな。中学生の方でも読めるように、やさしい言葉を捜しながら、自分の通ってきた道、道で考えたことを少し書き留めていっています。書き始めると、本当にいろいろなことをやってきたのだなとあらためてビックリする次第。出版の暁には、働く方々やこれから社会に出ようという方にぜひ読んでいただきたいと思っています。


☆友人のひと言がきっかけになって化粧品を本気で作っています。「今でも化粧品ジプシーで、自分にあったものが見つからないのよ。令子さん、なにかいいものない」何人もの友人が、とくに仕事をバリバリやっている女性達からの質問です。忙しいし、スキンケアに時間はかけられないし、といって、人前に出ることが多いので、肌は気になる。そんな友人達です。奉仕精神がめきめきと頭をもたげてきて、「そうだ、こんな友人のために、何か役に立たねば」なんてね。で、得意分野でもあることだし、と走り出しました。さて、さて、どんなものが出来上がるか、楽しみにお待ちくださいな。


☆日本の若者の文化芸術活動を支援するためのファンドを準備中。実現はいつのことかわかりませんが、この活動を通して、若者の健やかな精神の育成に寄与できたら、という大きな夢を追いかけています。日本中の人を巻き込んでいけたら、なんて、ちょっと欲張りでしょう。でも、夢って大きいほうがいいです。しぼんでいかないから。現在はこの話をあちこちで話しては、一緒にやってくれそうな方々を探しています。


☆本業であるマーケティングのお仕事もやっています。今はマーケティングというより、企業のブランディングのお手伝いが多いです。マーケティングは短期勝負で商品を売る戦略を考えますが、ブランディングは長期スタンスで商品や企業のカタチを作っていくものです。結構地味にこつこつですから、辛抱の時間がいります。ソニーやナイキなど世界ブランドになっているものも、長い年月に紆余曲折を乗り越えての今ですから。

☆ジャーナリストの夫とバレーリーナを目指す娘の「ときどきマネジャー」もやっています。マスコミ界や芸術界での活動には現実を把握しておく人がそばにいる必要があるからなんですね。それには私はうってつけです。いつも裏方が大好きですから。そういえば、高校生の時演劇部に属していたのですが、その時も舞台に立つ俳優ではなく、舞台を照らす照明係を希望していましたね。照明の力って、舞台を活かすことも殺すことも出来るんです。この醍醐味を体験したせいか、裏方の力って面白いと思っています。


☆趣味の声楽のレッスンを再開しました。声楽は6歳から習っていたのですが、コレばかりは、声が勝負。練習をしないとすぐにさびてしまいます。6歳から18歳まで、そして、しばらく休止して、30歳からまた再開。かなり続いたのですが、42歳で起業すると忙しくなってまた休止。そして、今度が3度目のスタートです。声をだすってきもちいいだけなく、知らぬ間に垂れだしたお腹の筋肉を引き上げるのにも役に立ちます。レッスンを始めたと同時に、以前から参加していて、これも海外生活のため休止していたゴスペルの練習に参加し始めました。発起人はかの有名な音楽評論家&作詞家の湯川れい子さん、指導はゴスペルの母、亀渕友香さん。このおふたりが率いるその名も「東京女声合唱団」の団員として歌うのです。団員資格はありません。この合唱団はあちこちにボランティアででかけては歌っています。津波災害が起こったときはサントリーホールで催されたチャリティコンサートに参加し、多くの募金を集めました。また、クリスマスにはホテルでチャリティコンサートを開き、細川佳代子さんが日本でスタートさせた知的障害者のための「スペシャルオリンピックス」のための募金活動などをしました。地球、子供、動物を救うために歌う集団です。私はでたりはいったりで、真面目な団員ではありませんが、それでも気持ちだけは合唱団の仲間とともにあります。

ってな具合で忙しい毎日を楽しんでいます。
「この年になったら、楽しいことだけをやるのがいいわよ。今まで大変なことはいっぱいやってきたのだから。」と美容界の第一人者、小林照子さん。「大変でも楽しいと思えることをやる」ってことです。70歳を過ぎた人生の先輩の言葉が胸に残りました。
 2006/11/12 11:19  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

化け物との時間
30年以上東京に住んでいるのに、先日初めて上野の国立科学博物館に足を運んだ。そこで開催された生き物文化誌学会シンポジウムに出席するためだ。上野といえば、私にとっては、花見とバレエ。東京文化会館には毎月のようにバレエ鑑賞に行っているが、その横にある科学博物館はあることさえ知らなかった。


驚いたのは、人の多さ。「化け物文誌展」を開催中(10月17日ー11月12日)であったためか、親子連れでごった返していた。河童や天狗、人魚など、人間の創造力から生まれた化け物達に歓喜する親子。まるで、ご先祖様に会いにきたのではないかと見間違うばかりの興奮ぶりにちょっとねーと引いてしまった。


シンポジウムのテーマは「化け物の博物学」。化け物を科学の目で見てみようという勉強会であった。ナニを隠そう、私はこのシンポジウムに参加するまで、ほんと、この年になるまで、河童や人魚は昔存在していたと思っていた。江戸時代の人々が実存する生き物として、書や絵、物語に残していたので、近年になっていなくなったのだと思いこんでいたのだ。友人にそんなことを言ったら、「もう、令子さんはっ」て笑われたけれど、創造より実存のほうが、なんだか、「不思議が存在」する感じがしていいな思ってしまうのである。


講演者は化け物博士のお三方。国立博物館主任研究員鈴木一義氏、作家の荒俣宏氏、そして、兵庫県歴史博物館学芸員の香川雅信氏。いずれ劣らぬ化け物好きである。
しかし、それにしても三人揃って、こうも情熱的に化け物について語り続けられるものである。もう、化け物が憑いているとしか思えない。


その話をまんじりともせず、熱心に聴きながら、メモを取っていらっしゃる方がいらした。秋篠宮様である。もとはといえば、この学会は宮様のご提案でスタートしているので、宮様がご臨席なさっているのは当然であるが、それにしてもお手本のようなお姿。それに比べ、机を並べて聞いている私のテイタラク。首がひっくり返りそうになりながら、眠気と戦っている。うううっ、育ちの違いよ、と育ちのせいにしたりして、時々真面目に聞いていた。


秋篠宮様の横で背筋をピンと伸ばし、足をきちんとそろえ、手をひざに置いて講演を聴いていらしたのは、眞子さま。ワオ、素晴らしい。と感心して横をみると、眞子様より4歳上のわが娘は足を組み、ひじを机について聴講中。ホント育ちの違いが姿にでる。だが、待て、娘を育てたのは私、となると、私のせいということになる。どうやったら、眞子さまのような娘が育つのだろう。皇室に生まれた宿命を背負って、子供のころから、お手本になるよう意識付けられているのだろうか。TVでみる眞子様より、数段大人っぽく、それでいてとても可愛いらしかった。


講演後,先ほどの鈴木主任研究員の説明付きで展示物を見て回った。超贅沢な勉強会である。しかし、その鈴木氏の説明をきちんと聞いていらしたのは、眞子様。まるで、お話をしてくださる方の熱意に応えるごとく、姿勢を崩さず、反応なさっていた。ま、それに比べ、私達親子は「疲れちゃった」なんていいながら、話もそこそこにほかの展示物に移ってしまう。こんなんじゃ、だめだよね。氏より育ちって言うけれど、ヤッパリ氏って大事かもしれない。


世の中はビジネス イズ NO1という風潮。IT種族が生み出した、簡単に金儲けする法に飛びつく人間が多い昨今、一銭の儲けにもならない化け物研究に生涯をかける人々。若いころは理解できなかったが、この年になってみると、わかるような気がする。すぐ成果がでないものに、またはきっぱりと割り切れないものに、真実が宿っているのかも知れない、と思えるようになってきた。そのせいか、講師たちの話しは私の知的好奇心を大いに刺激した。浮世を離れて、河童や、人魚、天狗のことを考える時間。心を遊ばせるそんな贅沢な時間を発見した。これって結構幸せかもしれない。
 2006/10/27 00:28  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

マックスマーラ社のバレエサポート
 マックスマーラの本社があるレッジオエミリアというイタリアの小さな町を訪ねた。目的はイタリアで一番と評判を得ているATREBALLETOというコンテンポラリーのカンパニーを見に行くことであった。新進気鋭の40代のコリオグラファー、マウロ率いる20人ほどのカンパニーである。マウロはオペラ出身のコリオグラファーだけあって、モーツアルトに始まって、イタリアの民謡まで実に音楽の使い方がうまい。

踊りはネオクラシックをベースにしたモダン。わかりやすく、それでいて激しい。人間のもつ内なる感情をダンサーの筋肉を使って表現する。彼にかかると、ダンサーは筋肉を持った機械になり、本来のココの個性を隠し、季節風のように時にやさしく、時に激しく肉体を使うことを要求される。

団員のレッスン風景をみせてもらった。誰もが、極限のジャンプを楽しみ、筋肉が美となったからだを自在に動かしていた。それはまるで、本番をみているような錯覚に陥るほどでもあった。ダンスによって自分を昇華させていくさまを見ながら、ダンサーという宿命をもったものの生き様をみせてもらった。遊びのなかに真剣さがあり、真剣さの中に遊びがあった。特に男性のダンサーは圧巻である。

日本公演が予定されている。
コンテンポラリーがまだ身近でない日本の観客がマウロの作品をみれば、コンテンポラリーというダンスが何を表現しようとする芸術なのかがわかるだろう。少しずつ、コンテンポラリーの時代がやってきているが、日本はまだ、クラシックダンサーが演目のひとつとしてやっており、どこか、クラシックバレエから抜け出せないでいる。それだけに、日本の観客たちは本当のコンテンポラリーの美しさをしらないともいえる。鋼のような体がかもし出す魂の表現を見たら、きっと、胸の奥で眠っていた感情が目を覚ますだろう。それがコンテンポラリーのエネルギーである。そのエネルギーを感じたら、コンテンポラリーはクセになる。

公演演目であるマウロの「ロミオ&ジュリエット」の制作サポートしているのは、マックスマーラなどを扱っているMarella社。最近はファッションとバレエのコラボが主流になりつつあり、ダンサーがモデルとしてファンションショーで踊るのが流行している。しかし、そこまでのコラボはあっても、今回のようにファッション企業が経済的に作品の制作サポートをすることはまだ少ない。

 そのMarella社の社長に会うことが出来た。本社はレッジオエミリアの町の中心から車で15分ほどのところにある。守衛のいる入り口を通ると、葉祥明の絵本に出てくるような並木道を抜けて、玄関に着く。まるで絵本の世界に2階建ての瀟洒な建物が3連。No3に社長のオフィスはあった。ショールームには来春のファッションが世界のバイヤーを待っていた。ファッションという華やかな世界とは正反対の近代的でシンプルなオフィスは、イタリアのデザインを象徴しているかのようである。2年前に越してきたという。社長室に通されると、これもまた、日本の社長室のように置物がおいてあるわけでもなく、家族の写真が一枚飾ってあるシンプルなものであった。大きく開放された窓からは緑がいっぱいの中庭がみえる。

 チョコラーニ社長はイタリア映画に出てくる富豪のようなジェントルマンだった。笑顔がまたいい。ミドルエイジにしてこの色気。日本男性にもこの清潔な色気がほしいものだ。話をするとき相手をまっすぐに見つめる大きな目。この目で今までどのくらいの女性をうならせてきたのだろうか。こんな目を持った日本男性が増えれば、ミドルエイジの日本女性ももう少し、女性らしく、美しくなるだろうに。

 イタリアの女性がミドルエイジをすぎてもきっぱりと化粧をし、ファッションを決めているのは、この目力のせいだろう。いくつになっても外に出ると発見があるものだなあと思いつつ、オフィスを後にした。玄関まで見送ってくれた女性にいい上司をお持ちですねというと、チョコラーニ社長の元で働けて幸せですという返事が戻ってきた。成長する企業はやはり、トップがいいというのは共通しているようだ。それにしてもいい男であった。

PS.この夏は収穫が多かった。レッジオエミリアという小さな町はそこだけが、昔の時代を守っているようで、ゆったりと澄み切った空気が流れていた。
 2006/06/26 23:57  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


当ブログ内の全ての文章・画像・映像の無断転載・転用を禁止します。
プロフィール
蟹瀬 令子(かにせ れいこ)
上智大学文学部英文学科後、博報堂に入社し、コピーライターやコピーディレクターとして活躍。
1999年、「ザ・ボディショップ」を日本で展開するイオンフォレストの代表取締役社長に就任。
ケイ・アソシエイツ代表として、外資系企業、および国内企業のブランディング、マーケティングを手がける。2007年スキンケアブランド、LENAJAPONを立ち上げ現在にいたる。

蟹瀬令子 プロフィール
カテゴリアーカイブ
最新記事
月別アーカイブ


最新コメント
後藤
一生懸命は美しい。初めての競馬 (2008年06月19日)
永島 吏枝子
財産は友達。 (2007年07月02日)
最新トラックバック
更新順ブログ一覧

http://apalog.com/kanise/index1_0.rdf
リンク集
QRコード
アパレル業界の情報満載の「アパログ携帯版」
右のQRコードで読み取ってアクセスしてください。こちらからも自分の携帯URLを送れます。 QRコード