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めでたい記念日について
色々な記念日があるが、二人で祝うのは結婚記念日。二人が揃って元気でいれば、銀婚式、金婚式などめでたい日を迎えることができる。その日にはおしゃれなレストランにでかけてシャンペンを開けるもよし、趣向をこらして結婚式を挙げたホテルに一泊するのもいいだろう。だが、毎年結婚記念日がやってくると現実は毎回きっちり記念日に二人でというわけにもいかない。仕事があれば、じゃ、明日にしよう、ということにもなる。しかし、記念日は「その日」に意味があるのであり、明日という記念日はない。

私たちは4月11日に32回目の結婚記念日を迎えた。あっという間に30年を過ぎた。記念日になにか特別な計画もなく、その日を迎えた。

当日私は、去年、新しくスタートさせたブランド、レナジャポンの新製品、モイストシマ―UVの発売日とあって、発売記念日の方に気を取られていたので、例年のようにカードだけでも用意しなくてはと思っているうちに夜になってしまった。
結婚記念日と新商品の発売日が重なるのも何かの縁。幸先がよさそうでそれはそれでいいように思えた。

そういえば、結婚記念日の2−3日前に航空会社の月刊誌の企画で、東京ミッドタウンのガーデンテラス4FにあるBillboard liveにliveを聴きに行った。アーティストはドッド・ラングレイ。「ハロー・イッツ・ミー」などのヒット作があるロック界の異才といわれるアーティストだったが、私にはハードロックすぎて楽しむ域まではいたらなかった。しかし、この企画のおかげで、二人で久々に音楽を聴きに行くことができた。しかも、期待をしていなかったディナーがすこぶる美味しかった。この日は記念日の数日前ということもあり、前哨戦のような感じになった。

翌日はなんとサントリーホールへ。三枝成彰氏のモノオペラ「悲嘆」に招待された。昨今次々にオペラや鎮魂歌など素晴らしい作品を生み出している三枝氏の初めてのモノオペラとあって楽しみに出かけた。演じるのは世界のオペラ歌手、中丸三千絵さん。一人で80分を歌い上げるという快挙を成し遂げ、日本のクラシック音楽界にまたあたらしい風をもたらした。

振り返ってみると、私たち夫婦は偶然とはいえ、結婚記念日を結構周りの人々に祝ってもらっている。30年目の真珠婚式は婦人画報の企画の真珠婚に出演依頼があり、プロのカメラマンに真珠をつけた二人の写真を撮ってもらったし、今年はハードロックとモノオペラ。

11日の当日も、今年4月から始まったオトナチャンネル BS11(BSデジタル ハイビジョンテレビ局)の収録を終えた夫が、立派な蘭の鉢を抱えて帰ってきた。テレビ局の人が結婚記念日と知って、プレゼントして下さったとのこと。全くもってありがたい話である。そして、なによりもありがたいのは、こうやって、二人で元気に記念日を迎えることができることだ。若いころは躍起になって記念日のためにケーキやプレゼントを企画したものだが、この年になると一年、一年、一緒にその日を迎えることができることに感謝の念を覚える。

「一緒にいるとき大切に思う人より、一緒にいられないとき大切に思う人が本当に大切な人」という一文に出合った時、「そうだ」と納得したのは年のせいかもしれない。なによりも今年も元気に二人でその日を迎えられたことがめでたやめでたや。




 2008/04/13 23:00  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

ひさびさに感涙。
最近は本屋に立ち寄っても、前のように「読んでね」と本がウィンクしてくることがなかったのだが、先日久々にこのウィンクにであった。城山三郎の遺稿「そうか、もう君はいないのか(新潮社)」。その本は、たくさんの新刊のなかにあって、まるで、城山三郎がそこに立って朗読しているのではないかと思えるほどの存在感があった。

いつもは速読してしまう私だが、この本だけはゆっくり糸を紡ぐように読み進んだ。それは30年連れ添った妻容子さんの鎮魂歌であり、同時に、二人で歩んできた素晴らしい人生への夫からの感謝状でもあった。

涙がこぼれた。止まらない涙をぬぐいながら、私は自分の人生と重ねた。夫が自分のことを思ってくれていることにどれだけ思いを馳せたことがあっただろうか。いつも私は夫のことをこんなに思っているのに、夫は私のことを気にかけてくれないと勝手に思い込んでいたのではないだろうか。年を重ねるごとに現実主義になっていく妻と、いつまでも理想を追いかける夫。何気なく言ってくれる「ありがとう」という言葉に含まれている愛のきらめきにいつから、気づかなくなったのだろうか。

城山三郎氏の心の奥に秘められた妻への思いを読みながら、夫の心の声に耳を傾けることを忘れていたことに気づいた。今、二人でいることの幸せを。いつか訪れる別れの時を迎える前に、しっかりとしっかりと、味わっておくこと。この本はそんな大事なことを語ってくれたような気がする。



 2008/02/20 11:11  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

ホワイトデイがやってくる。
   バレンタインデイという男性には嬉しい日が日本にはある。国によってはカードをいつもお世話になっている人にあげる日であるが、なぜか日本はチョコレートが主流だ。チョコレート業界の陰謀説もあるが、やっぱ、チョコはおしゃれだし、義理で男性にあげるものとしては、後腐れがなくていい。

   我が家もバレンタインデイの朝、レトロ調の可愛い缶に入ったチョコとカードを夫の机の上に置いておいた。何もないのも寂しいだろうという心配りのつもりだ。朝起きてきた夫は、さほど感激した様子もなく、「あ、ありがとう」とまるで、お茶を入れてもらったときと同じ温度でいう。さっぱりしすぎちゃいませんか、と思うのは私ばかりか。ま、こんなもんですね、身内にもらうチョコなんて。

   そして、次の日、仕事を終えて帰宅した夫は1日遅れのチョコをいただいてきた。血糖値が気になるので甘い物は食べないのかと思っていたら、夕食後、「チョコ、デザートにあけてみようか」という。しかも、あろうことか、開けたのは私のあげた缶チョコではなく、頂いてきた箱チョコ。
   
   「へー、最近のチョコはデザインも凝っているんだね」とパクリ。「なにがデザインも凝っているんだね、」だ。私の缶チョコはといえば、机の中に放りこまれたまま。まったくデリカシーがない。「私のチョコは食べちゃったんだ」とわざと聞くと「ちゃんと頂きますよ、これから」とのお答え。おいおい、最初にわたしからもらったのを食べて、それから外様のでしょ、と思うが、それは夫には通じない。こんなちいさなことでも妻って結構、根に持つんだからね。女は怖いよ。ホント。

   そしてホワイトデイになると、「チョコ、デザインが凝っていておいしかったよ」なんて、頂いた方に、お返しをあげながらいうんだよね、きっと。しかも、そのお返しは妻が選んだものなんだな、これが。

   ホワイトデイのお返しといえば、3倍返しが普通らしい。これは男性が見栄っ張りだからなのかもしれないが、なんだか義理チョコにはめられているような気もする。ザ・ボディショップの代表をやっていたときのこと、バレンタインデイより、ホワイトデイのほうが絶対的に稼ぎ時だった。というのも、女性好みのブランドであるだけではなく、3倍返しにぴったりの2000−3000円くらいの可愛いセットを用意していたからである。「ワー、センスいいじゃない、前から欲しかったんだ、ありがとう」なんて、社交辞令とわかっていても若い女性にいわれればうれしいのが男性心理。幸せな時間は多いほうが良いから、頑張っちゃうんだよね。

   で、どの男性も妻には何もなし。「無駄使いだしね」なんていっちゃってさ。こんな状態が続くと、危ないですよ。最後に世の夫の味方になってくれるのは、紛れもなく、あなたを一番愛してくれているはずの妻なんですから、ね。3倍返しといわず、10倍返し、いえいえ、100倍返しでもしておかなくちゃ。釣った魚に一番いい餌を。これが将来、夫婦円満の秘訣です。「えー、これって、れいこさん、自分のこといってませーん?」なんて聞こえてきそうだけれど、いえいえ、一般論をいっているのですよ。ホワイトデイももうすぐですから。老婆心ながら、ほほほ。




 2007/03/06 23:49  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

夫婦でゴルフ
 長野の熊野神社の神主さんに会う機会があった。お坊さんにしても神主さんにしても実に話が面白いが、この方は元学校の先生であっただけに格別だった。「ネギにはねぎらうという意味あるんです。」「お父さんが仕事から帰ってきたら、ネギの入った味噌汁を出して、お疲れさまとねぎらう。そして、味噌汁の中のネギを食べたお父さんは、今日も美味しい食事をありがとう、とお母さんをねぎらう」だから、ネギは何の料理にもあうのだという。久々に「ねぎらう」という言葉と出会った。ずいぶん昔に置き忘れてきたような気がする。

 お坊さんの話で思い出したことがある。実は夫の母方の実家はお寺さんで、ナント、祖母がお坊さんであった。新婚時代に金沢のお寺を訪ねたときのこと、「毎日手を合わせて感謝をしなさい」といわれたが、そのあとの説明が穿っていた。「手のシワとシワを合わせてしあわせを願う。」なるほど、語呂合わせのようでもあるが、わかるような気がした。こうやって、昔から、人々に伝えられたものはスーと心に届くから不思議だ。

 最近の新聞の特集にパートナーとの関係を円滑にする一言というのがあった。「お疲れ様」「ありがとう」をいうだけでも関係がよくなるというのだ。当たり前のことなのに、新聞記事になってしまう。夫婦間に「ねぎらい」の言葉がなくなりつつ現代を反映しているようであった。我が家ではいつも「ありがとう」が飛び交う。お茶を入れてもらっても、ありがとう。新聞を取ってもらっても、ありがとう。電気を消してもらっても、ありがとう。家族であっても、何かやってもらったら、ありがとうという。習慣になってしまうと、毎朝顔を洗うように普通になり、言ったあとは洗顔後のようにすっきりする。こんな美しい言葉があるのだから、その言葉に働いてもらわない手はない。

 私たち夫婦は50歳になるまでゴルフはご法度だった。共働き夫婦の休日は子供へのサービスデイでもある。そんな大切な日を日長ゴルフに興じるなど、もってのほかというのが理由だった。で、51歳になった時、夫は待ってましたとばかりにゴルフをスタートした。何でも始めるとある程度上手になるまで集中してやらないと気がすまない夫は時間があるとクラブを握っていた。コースにも出るようになり、少し上手になったとき、「これからは二人でゴルフだ」と言い出した。その年のホワイトデイにレディス用のクラブセットを買ってもらい、練習場で2−3回練習しただけで、私はコースにデビューする羽目になった。実に電光石火。「私には向いていないんだけど」とか「どうしてやるの」とか言っている暇はない。

 練習場でもゴルフ場でも「もっとボールを見て」「左腕をまっすぐ」などなど、注意の豪雨。止まっているボールなのに当たらない。緊張している上に注意が続くので、自然と機嫌が悪くなる。頭の中でぶつぶつぶつぶつ、文句の数珠ができる。「自分だってまだ上手じゃないのに」「わかっているから黙っていてよ」と。結果、自分の腕の悪さや集中力の欠如を夫のせいにしてしまう。こんな日が続いたあと、ふと、気づいた。こんなことをやっていてもうまくなれない。うまくならなきゃおもしろくない。だったら、少し前に始めたとはいえ、運動センス抜群の夫のアドヴァイスを素直に聞こうと。しかも夫をコーチにすれば、レッスン料は無料。こんなに安いコーチはいない。そのうえ、たまたま私が「ナイスショット」を出すと、まるで自分の事のように喜んでくれる。私は私で、ほめてもらうと、テストで100点を取った子供のような気分になる。二人で目と目を合わせて笑いあう。ずいぶん前の記憶、そう、新婚時代のように。この瞬間、ちょっと照れくさいけれど、妙に嬉しかったりする。50代に入って二人で何かを始めるって小さな発見がいっぱいあって、なんだかいいかもしれない。


 白州次郎と正子の夫婦円満の5つの秘訣が雑誌に載っていた。そのひとつに「なるべく一緒にいないこと」とあった。個性の違う二人なのだから、一緒にいないほうがうまくいくに決まっている。でも、普通の夫婦は違うかなと、思ってしまう。お互いをわかるためになるべく一緒にいる。そうして、できればマイナスの面ではなく、お互いのいい面だけを見て、過ごしていく。そうやっていけば、ミドルエイジも「楽しく二人で」が実現できそうな気がする。ねぎらいながら、感謝しながら、「ひとりより、ふたり」。昔の丸井の広告コピーを思い出した。
 2006/11/20 00:19  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


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プロフィール
蟹瀬 令子(かにせ れいこ)
上智大学文学部英文学科後、博報堂に入社し、コピーライターやコピーディレクターとして活躍。
1999年、「ザ・ボディショップ」を日本で展開するイオンフォレストの代表取締役社長に就任。
ケイ・アソシエイツ代表として、外資系企業、および国内企業のブランディング、マーケティングを手がける。2007年スキンケアブランド、LENAJAPONを立ち上げ現在にいたる。

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