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トンネルを抜けて、新世界へ。
英国市場協議会の勉強会で、バラクライングリッシュガーデンの山田社長と隣り合わせになったのが縁で、蓼科高原のバラクライングリッシュガーデンで開催される第18回フラワーショーに初めてレナジャポンを出店することになった。緑と花の庭を楽しみに来た人々がどのくらいスキンケアに興味を示してくれるかは疑問であったが、ネットとフリーダイヤルでのみ販売をしている私たちにとってはお客様に直に商品を触っていただけるいいチャンスでもあった。店頭に立つのはザ・ボディショップの社長だったころから数年ぶり。ブランドが確立している店頭であっても、お客様を捕まえるのは至難の業であるのに、今回は生まれたての無名ブランドの店。お客様がどんな反応をするか、怖さと楽しみ半々であった。

店舗デザイナーの小川先生と北原デザイナーのおかげで、2週間しか準備期間がなかったとは思えないほどの素敵なブースが出来上がった。ピンク一色の店はそれなりにパンチがあったようで、ディスプレイコンテストでゴールドプライズをいただいた。しかし、一方で「わー素敵なピンク」「造花かと思ったら、本物なんですね。」と声がかかるのはイメージカラーとして花人、赤井勝先生が生けてくださったピンクのバラについてばかり。「シンプルスキンケアのレナジャポンです」「アンケートにお答えくださると、シャルドネの入った洗顔石鹸さしあげます」と声をはりあげても「なーんだ、スキンケア」「石鹸ねえ」とおばさま族の反応はひどく冷たい。「ううう、あの目線はいたい。」「なに、あの、いけないものでもみるような態度は」と頭から吹き出しがでるが、そこはぐっと我慢。これが現実なんですよ、と言い聞かせて、「ならば、あのおばさま族を素敵な笑顔に変えよう」とむらむらと内なるマグマが噴火した。


年をとると、口角がさがる。ちょっとしたいやな表情が、とってもいやな表情になる。自分ではやさしいつもりの目つきが、鋭いものになる。これって、表情が老化するってことなんだけれど、みんなが気にしているのは美容ばかり。素敵な素肌も大事だけれど、やはり表情を老化させてはいけない、と自分にいつも言い聞かせていることを思い出した。で、満面の笑みを浮かべての接客。おばさま族はいつのまにか、私たちの説明を聞いてくれるようになり、アンケートにも答えてくれるようになった。おまけに商品を買ってくれる人も出てきた。売上もついてきた。笑顔はすべてを解決する。明るい表情になったお客様と店頭で美容の話に花が咲く。お客さまと記念写真までとる。4日間の店頭販売はこうやって無事終了することができた。


スタッフ全員「疲れたけれど楽しかった」という感想を残し、幕を閉じたバラクラでのイベントはたくさんのことを教えてくれた。試してもらうとかならずいい反応がもどってきた瞬間の喜びは私たちの商品が確かなものであるという確信をいだかせてくれた。そして、商売はサービスの前に質の良い商品ありき。それがすべてのスタートであるということ。「一人でも多くの人の素肌をきれいに」という願いをこめて去年11月にスタートさせたレナジャポンはバラクラでの初出店を機に、ひとつの長いトンネルを通過した。進むべき道はこれしかない。小さな確信が次なる目標への導火線となった。

4日間のイベントでレナジャポンを訪れアンケートに答えてくれたり、商品を購入してくれた方の数は400名以上にのぼる。おひとりおひとりの反応が私たちの新しいエネルギーになったことは間違いない。みなさまに感謝してやまない。そして、こんな素晴らしいチャンスをくださったバラクラの関係者一同に心からお礼を申し上げたい。種から花を咲かせ続けるバラクラのように、私たちレナジャポンも種から、いつか大輪の花を咲かせたいと願っている。感謝。
 2008/06/26 21:53  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

VAIOが切れて、私も切れた。
コンピュータが壊れた。1年前に液晶画面が壊れて、2度目の出来事である。早速VAIOのサポートセンターに電話した。応対にでたのは技術者らしい若者。丁寧すぎるほど丁寧な応対に思わずねじを巻きたくなる気持ちをおさえて、若者の質問に答えた。最後には「やっぱりお預かりするしかありません」という返事。それは素人の私でもわかる。だが、応対の良さは「さすが、天下のソニー」であった。自宅に戻ると一連の故障修理に関する書類がファクスで届いていた。その速さと正確さにも感激した。

そして、数日後、今度はCSセンターからのファクス。修理の内容について説明をしたいので、電話がほしいとのこと。で、朝いちばんで電話をいれた。これが間違いの第一歩。電話にでたのは若い女性であった。

彼女は今回の修理は3か所必要だと説明した後に、メモリーがきえてしまってもいいか聞いてきた。メモリーはまだバックアップをとっていないので、それは困るというと、それなら、故障を修理しなかったことになるがそれでもいいかという。2か所直れば、液晶は復活する。ならば、メモリーをバックアップしてから、再度修理に出す方法もあるのではないかと思って、尋ねたが、それは保証できないと、半分脅しのようになってきた。

何度質問しても同じ言葉を繰り返すだけ。日本語には同じことを違う言葉でわかりやすく説明することができるだけの語彙があるはずだが、同じことの繰り返し。まるで、テープをきいているようで埒があかない。そこで、違う人に出てもらえないかと頼むと、それはできない。違う人が出ても同じことを言うだけだからという。もう、切れそうになるのを抑えて、再度、では、どうすればよいかわからないので、ほかの説明をしてくれないかというと、また、同じ言葉しか発しない。切れた。完全にきれた。なんじゃこりゃ。

私はあなたと話すのでなくソニーから説明を聞きたい。ソニーにはプロの人がいっぱいいるでしょ。先日のサポートセンターの人の説明はよくわかったので、そちらへ電話を回せないかと尋ねるとそれもできないという。

CSセンターを運営したことがある私としては我慢の緒が切れた。教育がなっていない。なぜ、お客が欲している情報を理解しようとしないのか、なぜ、お客が理解できていなことについてわかるまで説明しようとしないのか。文句を言っているのではなく、判断をする情報がほしいだけなのにたったそれだけのことに対応できない。最後はロボットの方がましなのではないかと思ってしまった。

30分の押し問答の後、「それでは午後に別の担当者から電話をし直す」という結論になった。ああ、朝から私も壊れそう。月曜日の朝はこうやってスタートした。

午後にちょっとベテラン風の別の担当者から電話。彼女の説明を5分聞いただけで、選択肢がわかった。「なんだそういうことだったんですね。それでは、まずは2か所を修理して戻してもらって、バックアップを取ったら、再度修理にだしますから」とお願いした。電話の向こうでは「すみません、失礼がありまして」と低姿勢。こちらも思わず大変ですね、と同情してしまう。

ブランドのイメージはサポートセンターやCSセンターなど、電話で対応する業務窓口の姿勢の如何で変わってくる。今回ははじめに○、次に×、最後に二重丸で致命的ブランド破壊になる前に落ち着いたが、×××と続けば、客はそのブランドからはなれてしまう。選択肢は星の数ほどあるのだから。

とくに団塊の世代がPCを駆使するようになると、その世代にあわせた優しい説明が必要になる。「おばさんわかんないから、よろしくね」と頼んでいるのだから、ひとつのことを、せめて3通りくらい言葉を変えて説明できるようになってほしい。それにしてもコンピュータがなくてはビジネスが成立しなくなったこの時代、コンピュータが壊れただけで、人間の神経まで壊れそうになるのはどうにかならないものだろうか。
 2008/02/21 01:11  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

その道のプロ、兄に拍手。

私の兄は発破士である。大学を卒業してすぐに建設会社に就職し、山奥の現場に赴任してトンネルを堀り始めた。たまに実家にもどってくると「れいこ、これはトンネルを掘った時に最初に取れた石。安産のお守りになるから」ともってきてくれたりした。まだ私が大学生のころである。現場は大学卒の現場監督にかなり厳しかったらしい。出稼ぎできている人々と一緒の現場。ボーナスがでたので、外国製のタバコをみんなに振舞おうとすると現場の人から「大学卒はハイカラなタバコをお吸いですね」といやみを言われる。兄は一緒に働く人々の心の中の小さな思いに気づかなかったことを恥じ、それからはこちらがよいと思ったことも細心の注意を払ってするようになったという。

その兄が突然、新聞の切抜きを送ってきた。11月15日、日刊建設新聞。そこには国土交通省が企画した世界最大規模の人口地震実験の記事が掲載されていた。人口地震実験の目的は将来の大地震に備えて空港の液状化による地盤沈下などのデータをとり、液状化対策工事に役立てるためであった。この実験に兄が赴任先のシンガポールから招聘されたのである。別の新聞には成功を現場の人々と喜ぶ兄の顔が写っていた。また、他の新聞には「発破の神様を招聘」とかかれてあった。
500箇所に17トンのダイナマイトを設置し、2分で爆発させる。神業とも呼べるものしい。もちろん多くの人の協力があっての成功に違いないが、私は新聞記事を読みながら、涙が止まらなかった。

昔から人のために尽くすのが大好きだった兄は、今こうして自分の技術を駆使して災害の際の大事な空路を守ろうとしている。誰が褒めてくれるわけでもなく、今回のように新聞にとりあげてもらえなければ、誰に知ってもらうことのない、縁の下の仕事。その仕事に一生を捧げている兄を誇らしげに思う。

若いとき演劇を目指したが、祖父に反対され、兄は技術者になった。夢を断ち切って、思いと違う道を歩んでも、こうやって、その道のプロになった兄は、ヤッパリ偉い。父を早くに亡くした私達兄妹は二人でいつも互いに助け合って生きてきたように思っていた。しかし、実はいつも私は兄に守られていたように思う。

優しい兄に守られながら、自由奔放に生きてきた若きころの自分を思い出す。その兄への恩返しは、演劇など芸術、文化をめざす若者の夢がひとつでも実現できるようお手伝いすることではないだろうか。11月に立ち上げた新しいスキンケアブランドLENAJAPONは社会貢献をするための「さくら芸術文化応援団」をサポートする。マーケティイングやブランディングという仕事は発破士のように命を張るわけでもなく、技術の積み上げもない。時代を読む勘だけの商売。こんな仕事につけたのも自分の事は二の次で、まずは妹に何でもやらせてくれた兄がいたからだと思う。そろそろその恩返しをする季節になったようだ。新聞記事は私への追い風になった。兄へおめでとう、そして、ありがとう。
 2007/11/19 15:23  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

いくつになっても美肌がお好き
77歳になる夫の母から電話がかかってきた。年を重ねるごとに元気になるのではないかと思うほど、若々しい母は社交ダンスに海外旅行と人生を謳歌している。「この前、令子さんに送ってもらったLENAJAPONの化粧液ね、1週間ほど使ったら、友達が最近肌がきれいになったけれど、化粧品変えたの、って聞かれたわ」と、電話口の声がやけに弾んでいる。モニターテストのときは失礼ながら、もう対象年齢ではないと思ったので、お願いしなかったが、実際は対象年齢内だったようだ。いくつになっても女性は美肌つくりに余念がない。それにしても70代の母が実感してくれたのは嬉しかった。

「ダブル洗顔と書いてあったけれど、メイクは落ちるの」この種の質問は母だけでなく、何人もの友人からいただいた。メイクのいらない素肌づくりを目指していたので、メイク落としについては念頭になかった。「メイクをしている場合はメイク落としを最初に使ってから、洗顔石鹸でダブル洗顔してください。メイク落としが強い場合は洗顔を1回にしてもいいです。」そうだ、この一文をパンフレットに入れておくべきだった。

ダブル保湿についても同じような質問があった。「ダブル保湿って書いてあるけれど、1回目と2回目の間はどのくらいあけて化粧液をつければいいの」実際に自分で使っているときは1回目の後、歯磨きなどをして、肌に化粧液がなじんでから2回目をつけることが多い。つける間隔は自分の肌のコンディションとの相談なので、一概にはいえないと思い、わざと説明を省いた。しかし、これも現状把握不足だったようだ。昨今は化粧メーカーがTVや雑誌、CMなどを通して、丁寧になにもかも教えてくれるので、消費者が自分で判断しながらスキンケアをするという習慣はどうも少ないらしい。だから説明は微に細にわたっていなければならなかったのだ。

しかし、肌は生きものなので、年齢、季節、一日の時間によって、コンディションがちがう。それを自分で判断しながら、その時々にあったケアをしていけば、よりよい肌の状態がつくれるのではないか。そう考えてつくったのが今回のシンプルケアプログラムだったので、自分の肌と相談しながら、スキンケアして欲しいと思っている。

また、「ファンデーションのいらない素肌つくり」を謳っていると「ファンデーションをつけてはいけないんでしょ」「化粧液のうえに美容クリームはつけてはいけないんでしょ」など、予想だにしなかった面白い反応がある。化粧にこれはやってはいけないという決まりはない。むしろ、ファンデーションのいらないほどの素肌の持ち主であれば、その上にメイクをしたら、それこそもっと美しくみえるだろうし、TPOにあわせて「すっぴんの時とフルメイクの時」を楽しむこともできる。

私が目指しているのはそんな自由な発想ができる肌つくりなのである。なにかにしばられるのではなく、基本がシンプルでうつくしいから、選択肢が多くなる。すっぴんの自分もフルメイクの自分も楽しめるような肌。そんな肌を持っている自分が気持ちいい。ここまでこられたら、本望だと思っている。

自分の肌とはいくつになってもとことん付き合っていかなければいけない。それはまるで、毎日毎日、心の角質をとっていくようなものかもしれない。心のターンオーバーを早めて出来るだけ透き通った状態を保つこと。年齢を重ねるたびに、肌と心はますます似てくるようにも思える。気のせいかしら。
 2007/11/14 23:00  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

ブランドカラーは大人のピンク色
私のワードローブにピンクはない。いつもモノクロかベージュ。私のイメージにもやさしいピンクはない。だから、今度ロンチさせたスキンケア商品のブランドカラーがピンクと知って、まずは友人たちが驚きの声をあげた。てっきり、パールホワイトで出てくると思ったという。しかし、なぜか、50を過ぎたあたりから私はピンクが好きになった。あのやわらかな心和むさくら色。戦いを終えた兵士があたたかな羽毛布団にくるまれるような色。それがピンクだった。それもショッキングピンクでもなく、またベービーピンクでもない。大人のピンク色。その色をブランドカラーに求めた。

パッケージの色を決定するのは大仕事であった。デザイナーのS氏とそのアシスタントのK女史。この二人の色に対する審美眼と仕事に対する熱意がなければ、今回のパッケージは誕生しなかっただろう。そして、パッケージ会社を動かして、何度もサンプルだしをしてくれたM女史とそのスタッフの方々の存在も大きい。しかもS氏たちはLENA文字を開発し、どこにもないブランドロゴを作ってくれた。何回もの色だしで行き着いた大人のピンク色の上にLENA文字のロゴ。まさに、私が夢見ていた商品パッケージの誕生であった。

HPはさくら芸術文化財団をイメージしたさくら色一色。これは博報堂時代からの友人で、いまはHPを作らせたら5本の指にはいるといわれている売れっ子F氏たちが引き受けてくれた。ブランドコンセプトと同じ「simple&elegant」なHPにして欲しい、というのが私のオリエンテーションだった。おしゃれで、分かりやすく、買いやすいサイトのデザイン。オンラインでしか販売しない私達の商品はHPとパッケージでイメージを構築していかなければならない。それにはきちっとしたイメージ戦略が必要である。そして、その戦略をカタチにしてくれる力あるクリエータが必要となる。そのクリエータたちがまるで天使のお使いのように私達の仕事に舞い降りてきてくれたのだ。涙がでるほどありがたい。

11月1日HPがオープンした。たくさんの人々がHPを訪れ注文をしてくれた。と同時にたくさんの友人・知人たちがHPについてコメントを送ってくれた。
「さすが、です。心がほんわかしました。」
「なんてすてきなHPなんでしょう。パッケージも素敵なピンク色で大好きです」
「HPをみて思わず買いたくなりました。商品も分かりやすいですね」
「待ちに待った初売りです」
「ダブル保湿のコピーもいいですね。」
と続いた。コメントは大きな応援団のようで、私の心の奥の奥までずしりと届いた。

たくさんの力と愛が集まって誕生したLENAJAPONの大人のピンク色。これからひとりでも多くの人々を幸せにするピンク色になっていければいいなと願っている。
肌をしあわせにするだけでなく、心もちょっぴり、さくら色に染めることができる、そんなブランドに育てたい。この思いが天までとどきますよう。夢実現への第一歩です。

LENAJAPON  http://www.lenajpaon.com

 2007/11/03 23:30  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

思いがカタチになった日。
約束の11月1日まで後20分。新しいスキンケアブランド「LENAJAPON」のHPは真夜中にその産声をあげた。感激の一瞬である。スタート時から一緒にずーと走ってくれている女性のスタッフは、そのときを涙で迎えた。大変な毎日を、この日のためにがんばってきて、ちょっと心に響いたのだろうか。今からが大変とわかっていても、やはり、うれしい。私は涙こそでなかったが、この数ヶ月もやもやしていた雲が晴れた感じだった。久々の心地よい疲れである。

明日の初売りに備えて、仕事を終了させる準備をしている間に初注文がはいった。「エーエー、これって、第一号のお客様って事ですかー」女性スタッフの明るい声がこだました。HPがアップして数分もたたないうちである。うれしい。正直言って、うれしい。その反面、明日からの注文に応えることが出来るかという不安も膨らんだ。

インターネットショップは注文から商品お届けまでの早さを売り物にしているサイトが多い昨今、私は「待たせるマーケティング」というのもいいかもしれない、と考えていた。商品が届くのをゆっくり楽しみに待ってもらう。スローショッピングである。そのためにはCS=カスタマーセンターという概念からCS=コンシェルジェforスキンケアという発想でお客様と接しようと思っていたりする。お買い上げいただいた商品がなくなるちょっと前にお客様にお知らせしたり、季節にあわせてスキンケアのヒントをお送りしたり、そんな細やかなコミュニケーションを実現させることができたらと思っている。しかし、まだまだ、これは先のことかもしれない。

開始のベルはなったばかり。夢に向かっての第一歩である。夢は? そう、HPの「さくら芸術文化;プロジェクト」のところを読んでみて下さいな。おおきな、おおきな、とてつもなくでっかい夢が描かれています。この年になっても、夢を見るとわくわくする。だから、夢はビタミン。

LENAJAPONがブランドとして独り立ちするころには、一緒に夢を見る人を募集しようと思っている。そのためにも、もう一度、50thのチャレンジである。

LENAJAPONのURL

http://www.lenajapon.com


PS ;「TRY ME KIT」をご注文のみなさまへ。すみません。特別ポーチの出来上がりが遅れているので、商品の発送は11月8日以降になります。しかも、初回は先着300名様。次回は12月に入ってからになります。その原因を作ったのは、私。可愛いポーチに2色の大人のピンク色の房がつけたくて、何度も何度もやり直してもらっているうちにGOサインが遅れてしまったのです。ヤッパリ、本当に使いたいものをつくりたいから。いつもモノつくりの姿勢は同じです。時々ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、ちゃんと、ちゃんと、大人も子となも楽しめるモノをこれからも作っていきます。応援してね。
 2007/11/01 02:51  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

11月1日、素肌で生きる人のためのスキンケアが生まれます。
スキンケア商品の開発をしよう。そのきっかけは20歳になる娘の肌荒れだった。15歳のときから温度差のきびしいヨーロッパで生活しているうちに、肌はすっかり乾燥肌になり、乾燥ニキビが治らない。「青春のシンボルだから、大人になったら治るよ」といってもそれは大人の理屈。「私にはいまが大事なの」と反論された。「そうだね、いまが大事。一番きれいな時だから、」と妙に納得した私は、いままでの私のキャリアを活かして、娘のためにスキンケア商品を開発することを決心した。それはもう1年以上前のことになる。

スキンケアのもうひとつの原風景は明治生まれの祖母の肌であった。きれいに洗顔した肌に化粧水を何度も何度も浴びるように繰り返しつけているその姿が、スキンケアそのものの基本を教えてくれた気がする。たっぷりと化粧水をふくみ、保湿された祖母の肌は透き通っていてとても美しいものだった。原点に戻り、肌のケアを考える。このことを実現したいと思ったのだ。

しっかりと洗顔すること。そしてたっぷりと保湿すること。この2点に焦点を絞ってのシンプルなスキンケア商品の開発プロジェクトが始まった。チームはOEM(実際に商品を製造してくれる会社)先のプロの女性と、50年以上美容業に携わっている美容家の先生とそのお弟子さんたち、昔からいっしょに仕事をしてきた美容ライターの友人たち、そして、娘。プロ集団でのプロジェクトとなった。「スーと浸透して、いつまでも保湿が持続する成分はないですか」その答えは簡単に見つかった。しかも、植物の中にある。これはうれしいスタートだった。私たちはその成分に注目し、成分量のテストを何度も繰り返した。もちろん、他のすべての主成分もできれば、私たちが口にしている誰もがしっている植物由来のものがいい。これは私の強い希望であった。アルコールフリーで。水にも凝って。香料は顔につけるものだから、さわやかでちょっと癒されるくらいのものを。と次々にイメージができた。

イメージがはっきりすると、研究者たちはすぐさま形にしてくれた。そのサンプル商品を何度も何度も試しては、納得いくまで改良をお願いした。最後は娘の意見が大きく左右した。なぜなら、彼女は成分のことも何も知らずに一人の生活者としてサンプルを使い、感想を述べてくれたからだ。実際にサンプルを使っているうちに娘の肌はみるみる潤いを取り戻し、乾燥ニキビはうそのように消え去って、自慢できるほどのしっとり肌になった。これは私も驚いた。

洗顔石鹸も50種類以上試しながら、イメージを固めていった。手で柔らかな泡ができるもので、しっかり汚れが落ちて、しかも洗い上がりがしっとりするもの。石鹸にも化粧水と同じ成分をいれてもらった。こんな贅沢な開発はないだろうと思うくらいみんなが協力体制を組んでくれた。これは本当に開発者冥利に尽きた。うれしかった。ひとりひとりが本当にいいものを作ろうとする気持ちがひとつになって、商品ができあがっていった。

たった、これだけで、本当にスキンケアが終わったら、他の商品がいらなくなるから、化粧品会社としては成り立たないのではないかともいわれた。しかし、私は食べ物でいえば、お米の部分を作りたかったのだ。お米はこれが我が家に合うときまったらなかなか変えることはない。本当においしいお米は継続して食べてもらえる。だから、ほんとうにいい基礎スキンケアを作る。あとはお米にあう料理をその人の気分でほかのブランドから選んでもらえばいいのだ。

最終サンプルのモニターは友人50名にお願いした。最初は30mlの小さなプラスチック容器にはいったものを1週間使ってもらった。成分のことは一言も説明せず、使い方のみを書いて送った。いわゆる感応テストである。実際肌に使ってみて、「浸透、香り、保湿感、感触」などの好き嫌いをきいた。どんなに成分の話をしようが、感応テストが悪いものは長く使ってもらえない。スキンケアは我慢してまでやるものではないというのが私の持論でもあった。だから、あえて、成分の話はしなかった。もちろんアンケートの中には何が入っているかわからないから、継続して使うかどうかはわからない、というのもあった。しかし、2回目のロングユースモニターテストも同じように成分は伏せて行なった。結果は90%の人が継続して使いた、というものであった。モニターをやってくれた友人の中には、「もうすぐ化粧水がなくなるんだけれど、いつから販売するの」と電話やメールをくれる人もいた。これには勇気づけられた。

「蟹瀬が作るんだから、成分はきかなくてもいい。あなたが変なものを使うわけないでしょ。」と頭から信じてくれた友人もいた。その友人たちの期待にこたえる意味でも私はとことん成分と使い心地と保湿にこだわった。
こうやって、多くの人々に支えられて完成したスキンケア商品が11月1日に発売の運びとなった。そのブランド名は娘の名前をとってLENAJAPON(レナジャポン)。オンライン注文とフリーダイヤルを開始する。ピンクのかわいいボトルでライトとリッチの2種類の化粧液と石鹸が登場する。パッケージデザインの開発秘話はまた後日。

URL:http://www.lenajapon.com (11月1日から)。
フリーダイヤル:0120−071-714(10:30-17:30 土日祝日を除く)

 2007/10/29 22:52  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

「自分ブランド」の本が出来ました。いよいよ
今日26日に初版本の刷り上ったばかりの本が届きました。
ヤッホー、って感じで、
コレがホントの出来立てほやほや。
「刷り上ったばかりなので、ちょっと本が厚くなっています。」
編集者の説明になんとなくほくそ笑んでしまった。刷り上ったばかりは厚みが違うんだね。

題名は以前お知らせした「やっぱ、自分ブランド でしょ。」
講談社より出版です。
1月31日には本屋に並び始め 2月5日には全国発売。
キャリア道半ばのあなたの小さなヒントになれたら、うれしい。
ぜひ、読んでみてくださいな。
「仕事がおもしろくなる瞬間は絶対くるから」
 2007/01/26 23:51  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

JALのがんばり。
6ヶ月ぶりにアムステルダム行きのJALに乗った。去年は一ヶ月に2回は乗っていた便であるが、同じ航空会社かと思うほどサービスが変わっていた。まず、まずかった(失礼)機内食がおいしくなった。以前、「ビジネスクラスなのに給食のトレイにのせられたような食事をだされるのはどうも満足度が低い」とアムスに着くたびに申し上げていたが、その声が届いたようだ。

器が変わり、ご飯も機内で炊きたてがでてくるようになった。もちろん味もよくなった。いつもはデザートをパスする私も今回はおいしそうに盛られた山盛りのフルーツと、日本人好みのサイズにカットされたカシスやホワイトチョコのケーキをみて、思わず注文してしまった。カシスのケーキがこれまたおいしかった。食後に出るチョコレートは私の知り合いのパティシエ木さんのもの。「日本人パティシエのチョコレートが国際線の機内に登場したことにちょっと感激」した。

機内のトイレもいついっても初めて使うように清潔に保たれている。それまでは「汚れていないといいな」とか「男性と女性のトイレを分けてくれないかな」とか内心不安に思いながら、トイレに向かったものだが、今回ばかりはそういう不安は一回目の使用後一蹴された。やれば出来るじゃないの、なんて思ったりして。ひざびさにいい仕事をみせてもらった。

そういえば、成田でも驚いたことがひとつ。手荷物検査に「JAL ファストセキュリティレーン」専用入り口ができたのだ。お蔭で団体の後の長い列に並ばずにスムーズにチェックを終えた。「え、それってビジネス以上のサービス向上でしょ。」「いつもエコノミーの私には関係ないものね、」って声が聞こえてきそうだが、やはりファーストクラスのサービスがまず、基準以上にならないとエコノミークラスのサービスは改善しない。だからこそ、大事なんだな。

もちろん改善の余地はまだあるだろう。しかし、3000人の従業員早期退職が新聞に報道された後だけに、JALというとかつては日本の翼として活躍した一流ブランド、その再建を願う人々の小さいながら、確実な一歩を実感した。

そして、なによりもうれしかったのは機内のフライトアテンダントがみな元気だったことだ。「サービスをよくしろ」と上司にいくら怒鳴られても、人はそんなに簡単に変わるものではない。しかし、ソフトが変わったりして、お客様が気づいてくれるようなサービス向上が目に見えるカタチであると、それをきっかけに自分たちの気持ちも態度も切り替えることが出来る。そのスタートをみたような気がする。近い将来、一流ホテルに負けないサービス業の極意をみせてもらえる日が来るのをたのしみにしている。
 2007/01/14 11:46  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

平成の宇宙人たち
オランダに滞在していた私の元に講演依頼のメールが届いた。依頼主は東京にある短期大学。ココでは一昨年の10月に一度講演をしている。働くことについてもう一度講演をしてほしいというのである。同じテーマで話すのは気が引けたが、生徒が違うので、という説明に納得した。「私にとって仕事とはーYES, I CAN からのスタート」

初めての仕事は誰だって、自信がない。だから何でもYES,I CANと機嫌よく引き受ければ、次にもっといい仕事がやってくる。「私に向いていない」だって? ばか者。そんなことがいえるほど経験があるのかな。「私はこんな仕事をするために入社したわけではありません」ナニッ、まだ給料ドロボーの立場なのに、なにをおっしゃるおとといおいで。なんてことを1時間半くっちゃべった。

講演の前に、おしゃべりをするなら居眠りしてください。みんなの邪魔にならないようにと学生諸君にお願いした。昨今は携帯がピーピーなったり、その携帯で話していたり、まったく授業にならないらしい。しかし、ヤッパリ、おしゃべり学生はいた。ずーと、ずーと、おしゃべり学生3人。ノンストップぶりに注意する気も失せた。

講演後、おしゃべり学生の存在に恐縮なさっている担当教授から、おもしろい話を聞いた。「こんなにメモを取ったの初めてだよ」とこのおしゃべり学生が感激していたというのだ。おしゃべりをしているから、人の話を聞いていないと思っていた私は、その平成の宇宙人ぶりに驚いた。そういえば、私達もラジオのパックインミュージックなんて番組を聴きながら受験勉強をしていると親に驚かれたものである。昭和の宇宙人と呼ばれたこともある。

平成の宇宙人はとにかく、静かにしていられない。コレは持病に近い。電車の中でもiPOTを聞き、携帯をいじる。こんな若者を育てたのは、実は私達世代が作り出した便利な商品に起因するところが大きい。だから、彼らの無礼ぶりには、多少なりとも責任を感じる。
ま、少しは私の話を聞いてくれたのだったら、いいか、なんて、妙に納得をした。それにしても、世の中が便利になるのに比例して、非礼な人々が増えるのは困ったものだ。
 2007/01/05 22:48  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


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プロフィール
蟹瀬 令子(かにせ れいこ)
上智大学文学部英文学科後、博報堂に入社し、コピーライターやコピーディレクターとして活躍。
1999年、「ザ・ボディショップ」を日本で展開するイオンフォレストの代表取締役社長に就任。
ケイ・アソシエイツ代表として、外資系企業、および国内企業のブランディング、マーケティングを手がける。2007年スキンケアブランド、LENAJAPONを立ち上げ現在にいたる。

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