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最近は本屋に立ち寄っても、前のように「読んでね」と本がウィンクしてくることがなかったのだが、先日久々にこのウィンクにであった。城山三郎の遺稿「そうか、もう君はいないのか(新潮社)」。その本は、たくさんの新刊のなかにあって、まるで、城山三郎がそこに立って朗読しているのではないかと思えるほどの存在感があった。 いつもは速読してしまう私だが、この本だけはゆっくり糸を紡ぐように読み進んだ。それは30年連れ添った妻容子さんの鎮魂歌であり、同時に、二人で歩んできた素晴らしい人生への夫からの感謝状でもあった。 涙がこぼれた。止まらない涙をぬぐいながら、私は自分の人生と重ねた。夫が自分のことを思ってくれていることにどれだけ思いを馳せたことがあっただろうか。いつも私は夫のことをこんなに思っているのに、夫は私のことを気にかけてくれないと勝手に思い込んでいたのではないだろうか。年を重ねるごとに現実主義になっていく妻と、いつまでも理想を追いかける夫。何気なく言ってくれる「ありがとう」という言葉に含まれている愛のきらめきにいつから、気づかなくなったのだろうか。 城山三郎氏の心の奥に秘められた妻への思いを読みながら、夫の心の声に耳を傾けることを忘れていたことに気づいた。今、二人でいることの幸せを。いつか訪れる別れの時を迎える前に、しっかりとしっかりと、味わっておくこと。この本はそんな大事なことを語ってくれたような気がする。 |






