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入院先の病院で、偶然に胃がんの手術をした王さんとお会いした娘は、廊下をリハビリお散歩中に、声をかけられた。「足どうしたの」と王さん。「骨をとったんです」と松葉杖の娘。王さんのお散歩の邪魔をしないように、反対側の廊下でリハビリをしていたのだけれど、部屋に戻る途中でまた声をかけてくださった。「大きいんだね」「はい。バレエをやっているんです」「そう、頑張ってね。」コレだけの会話だけれど、世界の王さんとお話できた。ほんとうにラッキーで感じであった。その様子を見ながら、私は「ヤッパリ王さんって凄い」と感動してしまった。頂点を極めた人ほど、やさしい。 王さんが明日退院されるということを知った娘は、生花の代わりに鉛筆で一本のガーベラの絵を描いて 退院のお祝いメッセージをしたためたカードとともに看護婦さんに託した。なんだか、映画のようである。 1986年生まれの娘は1980年に選手生活にピリオドを打った王さんの大活躍ぶりをまったく知らない。だから、私が感激しているのとはちょっとちがった感激の仕方をしていたようだ。小さな村で出会ったおじさんと村娘が人間らしい、やわらからコミュ二ケーションをしているような・・・その場面に遭遇した私はホットミルクを飲んだように胸のあたりがポッ、ポッとなった。 娘は何も期待していなかった。カードをお渡ししただけだから。彼女にとって、カードを書くことは小学生のころからの習慣である。家族の誕生日、私達夫婦の結婚記念日、バレエの先生へのお礼。インターネット世代だが、彼女はカードを使う。だから、王さんから自筆のサイン入り色紙が届けられた時はびっくりしたようだ。「バレエがんばってください。王貞治」「ねえ、ねえ、王さんバレーボールと間違えなかったね。ちゃんとバレエになっているよ」なにを喜んでいるのやら。それにしても嬉しい出来事であった。 嬉しいことは王さんが退院なさる日にも起こった。王さんが病室を出られ、エレベーターに向かわれたことを知って、娘は松葉杖で走った。大股で、まるで、ダチョウのごとく、走った。ご挨拶をしたいがために。すると、王さんはなんとエレベーターホールから、娘のほうへ戻ってきてくださったのだ。「お大事にね」とニコニコしながら、娘の松葉杖のほうへ。 こんなドラマチックなシーンを誰が演出できよう。ただただ、王さんのお人柄のお陰である。周りにいた看護婦さん達も、王さんの関係者の方々も、ひとりひとりが幸せを感じた瞬間。娘にとって、今回の入院は記憶に残るものになったに違いない。欲のないものに訪れる幸せ。そのおこぼれを私もいただいた。いい人との出会いは自分までいい人にしてくれる。ありがたい。 PS.コレも夏の思い出。後日談だが、王さんは娘の退院の日、再入院された。今度の病室は娘の部屋の真正面だった。記念の写真をお渡ししようとすると、元気に廊下で出ていらした。「やあ、食べ過ぎちゃったよ。退院してもお大事にね」そのなんともいえない率直な表現に思わず娘は「そちらこそお大事に」と微笑んだ。 「握手してくださったよ。手がとても暖かかったよ」と娘。バットを握り続けた世界のホームラン王の手であった。 |






