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届かぬ 夢に 触れる 力を 夢ってのは、手に入れてしまったら夢じゃなくなる 手に入るくらいの夢なら、夢ってよぶほどのもんじゃない どうせなら、でっかいでっかい夢みて 目、輝かせて追いかけて、つかめないまでも、 手、のばしたら触れられるくらいの、そういうふうに生きてみたい 20代の頭ころですかね、そう思って、常に形のないものに憧れ ていました。 オレは ヒトと ちがう 親父が帰ってくるのを外で待ってて、ひまつぶしに壁にボール を投げてたら、いつの間にか野球にのめりこんで、中学、高校、 大学と部員の数は100人超。いかにして目立つか、どうすれば チャンスをもらえるか、いつも頭から消えませんでした。 高校3年の春に起こった印象的な出来事。県大会で準優勝し たあと、ミーティングのときに監督がみんなの前で賞状を破り 捨てたんです。 「勝たなければ意味はない。優勝じゃなかったら、全部1回戦負 けと同じ」 レギュラーを勝ち取るために、くじけそうになったら、「オレはほか のヤツとはちがう」。ほかのチームを負かすために、「オレたちは 特別なんだ」。 気づいたら、社会人になっても、そうやって生きてました。 恐怖のはじまり 20代の後半。「おまえはどこがヒトとちがうの?」 なにもない。「ヒトとちがう何ができるの?」 なにもできない。 「なにをやってきたんだろう」と「なにをやればいいんだろう」 で、急にとてつもなく怖くなっちゃいました。 悩んで悩んで悩みぬいた末に、どうしたかというと、とりあえ ず身体を鍛えることにしたんです。 「まだ、なにかやれるんだ」という成果がほしかった。鍛える ことを継続すれば、必ず身体は変化するから、それを「まだ、 だいじょうぶ」の証にしようと。 そういうのが、どれくらい続いたんですかね? 1年半くらいかな?そうこうしているうちに出会いがあって、そ したらやっと夢がみつかって、「キレイとカワイイとカッコイイ」を アジアのみんなと共有したいって。それで始まったんです。 しり込みして進めない 小さなサロンをオープンしたんですが、自分のちっぽけな力だけで はスピードに限界があるので、資料をいっぱい作って、いろんな方 に可能性を熱っぽく語りました。 あれから1年半くらい。力を貸してくださる方のおかげで、次のステ ップが実現間近。ここへきて、小さな心配が負の相乗効果で膨らみ、 情けなくも、勢いよく前へ進むことができなくなってしまったんです。 熱っぽい語りを現実にするには、あらゆるリスクを冷静に分析しなけ ればならない。きっと、その過程で、「熱っぽさ」をどっかに置き去り にしてきたんでしょうね。力を貸してくださる方は、まず最初に、情熱 を評価してくださったのに。 そのことを千金楽社長に気づかせていただきました。 夢と情熱に裏打ちされた実行力で結果を残す ということで、気合入れていきます。 うっす |




