« 2007年01月 | Main | 2007年03月 »
ケータイを持たない娘
ケータイを家に忘れると1日不安だ。連絡ツールであり、住所録であり、情報収集の役目も担う。ケータイがないと、仕事の能率はガクンと落ちる。1人1台から2台、3台の時代に入り、さらにケータイを使ったコンテンツビジネスや物販は今、急成長期にある(日本繊維新聞2月27日付)。

私事で恐縮だが、私の長女が高校に入学したとき(2000年)、すでにクラスの4分の3がケータイを保有していた。「高校生にはケータイを絶対持たせない」という家庭もあったのだが、結局1カ月後には保有率100%になった。

ケータイを持たない娘を1人知っている。3月に高校を卒業するS美。私の二女である。3年間持たずに通した。全校で唯1人という。理由は「あんな小さいものでコチャコチャ話したりメールしたりするのは性に合わん」という、案外まともな理由だ。昔とは逆で、「ケータイを持たないと、仲間外れにされてしまうのではないか」などと親は心配したのだが、結局、不所持の姿勢を3年間貫いた。現代では天然記念物的存在かもしれない。友達との付き合いもそれなりにできていたようで、S美のケータイを持たない姿勢は周囲に理解されていたようだ。

さてS美(4月から大学進学)は、これからもケータイを持たないのか、親としては気にかかる。
 2007/02/28 13:53  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

マラソンって楽しそう
東京マラソンに応援に行きました。知人M氏が走ったのです。M氏は65歳。応援団は5人(全員50代以上。女性1人)。M氏の壮挙を見届けてあげよう、という友情からです。

午前10時40分集合。内幸町の西新橋交差点。たしかスタートから10kmほどの地点。朝9時スタートですから、かなり遅い組です。本人の申告で、その時間になるというから、みんなで待っていたのです。雨の中。今か今かと待てど暮らせど来ない。小1時間みんなで待ちわびたのです。10km地点でも打ち切りタイムがあって、結局、われわれの地点のタイムアウトがきてしまいました。

「やはりムリだったのかな」「雨が降ったので参加しなかったのではないか」「ケータイに電話したら本人が出てくるのではないか」。応援団は悲観的なコメントを言い合い、念のため65歳氏のケータイに電話入れ、留守電に吹き込んで、当日のメーン行事である“谷中”を散歩し一杯飲むコースに流れていったのでした。

後で知ったのですが、検索システムがあって、ランナー個々に、今どこを走っているのかわかるそうですね。あらかじめ登録しておくそうです。ランナーの位置がつかめれば応援団も見当をつけてランデブーできます。悲しいかな、それを60代の幹事Kが理解不足で、M氏を捕捉できなかったのでした。M氏は約6時間で完走してました。立派!

マラソンを沿道で応援したのは初めて。自分でも意外だったのですが、マラソン参加者が楽しそうに見えて、沿道で応援しているのがつまらない、と思ったことです。来年は出ようか、と悩んでいるところです。
 2007/02/21 20:29  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

ユーロ高なんて関係無し
ユーロ高でEU製品のインポーターは価格設定に苦しんでいる。ところが、EUメーカーはそれほど気にしていないようだ。1月に開催されたモーダイタリアを取材したが、アパレル、ニット、バッグなどの参加メーカーは、「価格より個性と品質」「わが社の製品は他社に負けない」と自信満々だ。

ニット専業アパレルのブースで、さすがと思ったのは、糸からオリジナルにこだわり、各社それぞれに個性的なニットファッションを主張していること。どこかに装飾性を付加し、コーディネートを考えるというより単品としての完成度を高めている。日本での販売価格はセーターで4万−5万円となるが、気にしているそぶりは全く見られない。アパレルしかり、バッグしかり。

ここまで自社製品に自信とプライドを持つと、商品が一層輝いてみえる。
この姿勢は大いに見習うべきところだ。
 2007/02/14 18:38  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

面白いネタは尽きず ビームス30周年
1月30日東京・帝国ホテルで行われたビームス創業30周年記念パーティーには2000人近くの関係者が集まった。招待客でぎっしり埋まった会場を見渡すと、スーツ姿の社長風の男性の横でアーティスト風の若者の集団が談笑し、和装姿の年配女性の一方で、イブニング姿の女性が華やかな雰囲気を振りまいている。老若男女、ひとくくりにはできない“雑多”
な顔触れが、“ビームスとは何か”を物語る。

創業は1976年。設楽洋社長の父、悦三氏が、原宿の雑居ビルで6坪のインポートショップをスタートしたのが始まりだ。洋氏は当時25歳である。「創業社長の故・設楽悦三さんと、飲み屋で知り合った若者とのヨモヤマ話から、まるで瓢箪から駒のように誕生した」(ビームス1976−2006トリビュートカタログ)。

ビームスはアメリカンライフスタイルを手始めに、若者の創造力と夢をかきたてるファッションシーン、文化を30年間にわたり導入し発信してきた。ファッション産業の果たすべき役割が人々の生活と心を豊かにするものとするならば、ビームスは自らが楽しみながらそのことを実践してきた稀有の企業だ。05年には海外進出もはたし会社の規模も拡大したが、「これからもワクワク、ドキドキすることを提案していきたい」と基本スンスは変わらない。

「父が“これからビームスをヤルゾー”と言って店を始めたのが57歳のとき。今の私の年齢より1つ上でした。私も負けてはいられません」と洋氏。ビームスにあっては、面白いネタはつきない。
 2007/02/07 14:32  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

プロフィール
古橋 温夫(ふるはし はるお)
日本繊維新聞社社長
「日本繊維新聞」は1943(昭和18)年に創刊された、繊維・ファッション業界で唯一、日本新聞協会に加盟する日刊総合専門紙です。繊維・ファッション産業の明日を見定めた情報を的確かつ大胆に発信していきます。
http://www.nissenmedia.com/

QRコード
アパレル業界の情報満載の「アパレル携帯版」
右のQRコードで読み取ってアクセスしてください。こちらからも自分の携帯URLを送れます。 QRコード
最新記事
月別アーカイブ
最新トラックバック
最新コメント

http://apalog.com/furuhashi/index1_0.rdf
更新順ブログ一覧
リンク集