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昨今、職人を志望する20代の若者が、工場に、工房に戻りつつあるという。大消費地の東京は、かつて生産地としての顔も持っていた。縫製業、ニッター、毛皮・皮革、服飾雑貨などメーカーが軒を連ね産地を形成していた。地価や人件費の高騰、労働力不足から70年代から80年代と転廃業、工場の地方移転という形で空洞化は進み、残った工場も経営難、後継者難で往時の見る影もない。 そんな中、若い後継者が若い職人と二人三脚で、オリジナルなものづくりを看板に、しぶとく、したたかに、メードイン東京をアピールし奮闘している。東京・葛飾区のバッグメーカー猪瀬(猪瀬昇一社長)も若い職人が、ものづくりに励んでいる1社。服飾専門学校でバッグを学んだ20代、30代の若者たちが、50代、60代の職人から技を学ぶ一方、自らの創作バッグを世に送り出している。 2代目で60歳の猪瀬社長は「自分の代で店仕舞い」と考えていた。コンピュータ会社に勤めていた長男が4年前に継ぐ意思を示し、それなら若い職人を育てようということで心機一転、職人の卵の確保に乗り出した。小さい工房に若者がきてくれるのか。きても長続きするのか。確信があるわけではなかった。案ずるより産むがやすし「町工場なので給料は決して良いわけではない。若い人でも、ものづくりにこんなに意欲を持っているのか、と認識を改めた」。 若い世代は職人の技をただ継承するのではなく、そこに新しい技術を盛り込み、自らのポジションを創り出そうとしている。 |





