三越美術部創設100周年
三越美術部100周年の記念レセプションがマンダリンオリエンタル東京で開かれた。

百貨店は文化の発信拠点と言われてきたが、創設100周年を迎えた三越美術部の歴史をみると、たしかにその名にふさわしい役割を果たしてきたと言えるだろう。創設は1907年(明治40)9月。三越呉服店が日本で初めて「デパートメントストア宣言」をして2年後のことだ。
まず9月15日に大阪支店に誕生し、同年12月に日本橋本店にも新設されている。
以来、開催された展覧会は約1万8000展。巨匠のみならず若手の作品も取り上げ、多くの芸術家・作家を育ててきた。戦後間もなくスタートした「春の院展」(1945〜)、「日本伝統工芸展」(1954〜)などは今日まで継続し開催している。

美術部新設の案内状に当時の専務、日比翁助氏は「展示、販売する作品は、高名な現存作家の手になる美術品のみである」と記している。美術部新設の意気込みが伝わってくる。初の展覧会「第1回半折画展覧会」は、初日に展示した80幅のうち50余幅が売れたという。
以来100年。この間1992年にはパリ三越エトワールが開館し、絵画・彫刻・陶芸など日本文化を発信している。

美をいち早く売り場に注入し、さらに戦後は荒廃した美術界の復興に寄与した。物販にとどまらず、長年にわたり文化の発信、育成に貢献してきた歴史は高く評価されるべきだろう。石塚邦雄社長は「この歴史を、さらに発展させていきたい」と語った。
 2007/10/19 12:04  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


いよいよファッション業界秋の陣開幕
猛暑下のお盆が終わり、いよいよ東京を中心にファッション業界秋の陣の幕が開きます。

今週から国内外の合同展示会、イベントが始まり、来週から「ジャパンファッションウイーク」(JFW)がスタートします。ファッションイベントの会期の集約化が進む一方、東京コレクションは従来より1カ月以上早い8月30日に開幕し世界で最も早い時期のコレクション開催となります。

会期集約でバイヤーに対するインパクト、利便性は高まり、さらに念願とする海外バイヤーの動員にもプラスの効果が期待されます。個の力を結集することで、ファッション都市TOKYOの発進力は一段とパワーアップされることになるでしょう。

日本繊維新聞は、こうしたファッション業界の新しいうねりを後押しすべく、8月20日付でタブロイド判「エクストラ」(日英語表記)を発刊しました。ご覧になった方もいらっしゃると思いますが、これから始まるファッションイベントを予告し解説を加えています。これから始まるファッションイベントには格好のガイドブックとなります。
(購読ご希望の方は03−5649−8713へ。1部190円)

来週からは東コレ全デザイナーのコレクションを連日速報する「エクストラ」号外を発刊します。3月の東コレでは大好評をいただきましたが、今回は内容(4頁建てから8頁建てへ)、配布部数、設置拠点とも前回の2倍に拡大し、皆様にお届けします。会場近辺での配布に関しては、配布場所が限定され、目にとまりにくい場所になる可能性もありますが、決まり次第お知らせしたいと思います。ご期待ください。
 2007/08/22 17:21  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


時間の使い方
日本繊維新聞最終面に毎日掲載している「ニッセンアカデミー」に、「自分の行動計画を立てることは、充実した仕事と達成感を得る上で欠かせない要素だ」との一文が載っていた。ただ忙しさに流されていくことを戒め、自分の最も大切にしている価値を上位に置き、仕事に向かうべきと説いていた。身につまされた。

わかってはいるけれど、忙しくなると視角が狭まり、つい周りが見えなくなる。どんなときでも、少しは余裕を残しておきたいものだ。

ある外資系アパレルの社長が夏冬に休みをたっぷり取って、鋭気を養うというより思いっきり休暇を楽しんでいることを聞いて、そんな生活スタイルをうらやましいと思いつつ、いざ自分に長期の休暇を与えられたらどんな楽しみ方ができるのだろうかと、よけいな心配をしたことがある。

日本は休暇がとりにくい企業風土だ。年次有給休暇日数(繰越日数を除いたもの)は労働者1人あたり平均18日あっても、そのうち実際に取得した日数は8・5日という(厚生労働省04年調査)。加えて昨今はリストラによる職場の人員削減などで有給休暇取得を自主規制せざるを得ない状況もあるようだ。

前述したニッセンアカデミーの講師は「予定の中に、自分のための時間、リラックスする時間は含まれているだろうか?」と多忙な人に問いを投げかける。張り詰めているだけではよい仕事はできない。自分の望む人生の中のビジネススタイルとは−−夏休みの間に考えてみることにした。
 2007/08/09 15:56  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


信念を持って
社長就任以来、いろいろな方から励ましのお言葉をいただき、ひたすら感謝するばかりです。ごあいさつできないままの方も多いのですが、失礼の段、お許し下さい。本稿を借りて改めて御礼申し上げます。

先日、ある方にこんな話しをうかがいました。大企業の株主総会で、株主が社長にこんな質問をしたそうです。
 「社長の使命はなんだと思うか」
業績・戦略絡みの質問には即答できても、こういった原則的な質問には答えづらいものです。この質問でも、いろいろな回答が考えられます。

社長は、淡々とこんな趣旨の答えを返したそうです。
「3つあります。まず、長期ビジョンを掲げ社員に夢を与えること。2つ目は、その実現に向け中期の課題、きょうの問題を取り上げ解決に力を注ぐこと、3つ目は、そのために人材を育てること」
実に明快です。

複雑なことを単純に説明する。難しいことをわかりやすく簡単にまとめる。これは意外に難しいことです。それが表裏のない言葉と信念を持って語られたとき、人は共感するのではないでしょうか。当の社長の口から自然にすらすらと答えが出たのでしょう。会場から拍手が湧いたそうです。

参議院選挙たけなわですが、候補者の街頭演説がつまらないのは、ただ公約を羅列しているからでしょう。集まった人々に納得してもらう、一票入れてもらうために、どれだけ聴衆にわかりやすく話す努力をしているか信念を持って話し掛けているか。自分に置き換えてみて、他人事ではない、と思う次第です。

さて弊紙は、「新日本戦略」特集がスタートしました。7月18日合繊メーカー、23−24日アパレル、27日紡績、8月1日総合商社、8月28日専門商社と続きます。各業態の近未来戦略をクローズアップした企画です。近未来、複雑で予測困難な要素は多々あるのですが、できるだけ簡明にまとめています。信念を持って。ご一読いただき、ご批判を賜れば幸いです。

結びに1つお願い。本コラムについて、たまには良し悪しいずれでもご批評をいただけると励みになります。以上、よろしくお願い申し上げます。
 2007/07/25 12:00  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


社長ブログで再スタート
ごあいさつが遅れてしまいました。私儀、6月28日の総会後の取締役会で、社長に就任いたしました。これまで以上のご指導を賜りますよう、お願い申し上げます。

改めて自己紹介させていただきます。1949年11月生まれ。長野県大町市出身。8歳から東京在住。75年入社。01年取締役編集局長、05年同営業局長。

社長に就任したので、そうそうコラムを書いているわけにもいかないだろう、と思い、本ブログの休止も考えたのですが、弊社HPをメンテナンスしていただいているアパレルウェブの千金楽社長から「そんな自己規制はもはや意味がありません。社長は最高のメッセンジャーです。自らメッセージを発信し、そのことを通じ顧客の理解を得ていくのも責務の1つです」とのアドバイスにぐらっときて、継続することにしました。

これからも私なりの視点でファッション業界の出来事を切っていきますので、読者の皆様には引き続きかわいがっていただければ幸いです。

さて、弊社は来年4月、創刊65周年を迎えます。戦時下の昭和18年、1業種1紙の統合を強要され繊維業界の“機関紙”として発足(存続)したのが日本繊維新聞です。私は11代目の社長となります。当時の業界のことを知っているのは80代半ば以上の方となります。戦時下から戦後の貴重な証言を残していきたいと考えています。そんな方が周りにいらっしゃったら、ぜひ教えてください。

歴史が古いだけでは自慢になりません。伝統の上に革新ができているのか。日本繊維新聞は時代に対応した新しい情報機関を目指しダイナミックに自己革新していきます。ビジネスに役立つ情報を提供すると同時に、読者とリンクした双方向メディアを構築していきます。ご期待ください。

結びに1つお願い。本コラムについて、たまには良し悪しいずれでもご批評をいただけると励みになります。以上、よろしくお願い申し上げます。
 2007/07/18 18:55  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


儲けるSPA
全国的に店舗を拡大している婦人服専門店チェーン、ハニーズ本社(福島県いわき市)を訪れた。06年度は当初150店舗を予定していた新規出店が168店舗に増え、直営店は700店舗を超えた。5月期は売上高は計画(544億円=前期比31・3%増)を達成し、経常利益は計画(83億円=25・5%増)をやや上回る見通しだ。

出店要請が引き続き多いことから、07年度も150店舗は出店することになるだろう、と江尻義久社長は言う。店舗単位でしっかり収益を上げ、自社都合の撤退は年間数店程度。拡大路線はしばらく続きそう。

躍進の原動力は独自のSPAシステムと利益管理体制だ。昨年、物流センター(いわき市)の処理能力を2倍に拡大、1400店舗、1店舗1億円とすると、1400億円規模にまで対応できる体制を整えた。同社は中国生産がほぼ100%。うち6割を東日本、西日本のコンテナに分け各店に直接配送し、残り4割は物流センターに入れ店頭の発注に応じ即日発送している。物流コストは対売上比は1・9%にとどまる。

仕組みの1つ1つを実践の、試行錯誤の中から生み出してきた。昨年、全店舗から本社企画部門に売れ筋や店舗に集まる生の情報が日々集中する体制を作った。これにより、商品の精度は一段と高まった。また中国生産は中国、韓国資本の縫製工場だが、“お任せ”ではなく、毎月1回担当者が来日し、本社で打ち合わせを行うことになっている。こういう積み重ねが成功をもたらした。

中国販売も本格化する。フランチャイズを合わせ5月期末で37店舗を展開しているが、07年度は50店舗の出店を計画している。商品は日本と同一だが、ファッション性に加え現地価格で100−150元という買いやすさが受けている。中国市場では09年までに150店舗、100億円の規模に持っていく計画だ。

ヤングカジュアル婦人服市場は全体でみると決して楽観はできない。しかし、「まだシェアは伸ばせる」と江尻社長は強気だ。
 2007/06/27 12:29  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


一石二鳥
在庫・商品管理は多品種少量・短サイクルを宿命づけられているファッション企業の永遠の課題だ。管理・把握が適切にできれば、利益に大きく貢献する。

数万品種に及ぶアイテムを日々管理するというのは、気の遠くなる話だ。しかもサイズが数?単位となると、これは並大抵の話しではない。しかし、実際にそういう業種は存在する。

たとえばホビークラフトがそうだ。大手専門店のホビーラホビーレ(東京、数原英一郎社長)の場合、直営店店頭のアイテム数は常時3500−4000点、大型店になると9000点という。全34店舗。かつては棚卸時の誤差は5%あったという。

こうした不備を解消するため、2年半前、倉庫内の在庫管理に使用していた「SMILEα(スマイルアルファ)販売管理システム」を直営店にも導入することにした。同システムをカスタマイズすることで、単品管理システムを実現し、これにより売り上げ、在庫を正確に把握できるようになった。棚卸時の誤差は一ケタ違いの0・5%に縮まり、しかもバーコードで商品管理ができるようになったため、年2回だった棚卸を年4回実施するようになった。

新システムを導入するには資金もかかるし、従業員にも抵抗感があるものだ。でも、成果が実感できるようになると、がらっと変わる。その成果をふみ台に売り上げを増やす方向へ自ずと意識は向いていく。同社も各店舗の売り上げ、在庫が正確に把握できるようになったことで、各店間の良い意味での競争意識が高まったという。業務効率の向上が従業員のモラールアップにつながるとしたら、これこそ一石二鳥ということになる。
 2007/06/20 13:38  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


“ウェア”が取れた
日本フォーマルウェア協会(渡邊喜雄理事長)は、新事業年度から“ウェア”を取って「日本フォーマル協会」に改称し活動領域を広げることになった。

フォーマル関連アパレル・小売店のほかに、衣食住・冠婚葬祭のフォーマルライフスタイルに関係する企業・業態で広く会員を募るほか、社会人・消費者を対象とした事業もスタートする。すでにトヨタ、郵船クルーズなど異業種を新規会員に加えた。

1976年創設以来、同協会はフォーマルスペシャリスト養成、「フォーマルウェアスタンダーズマニュアル」「同ルールブック」発刊などを通じフォーマルウェアの普及、産業振興に取り組んできた。これまで養成講座のスペシャリスト認定者は約1万7000人を数え、「マニュアル」「ルールブック」を合わせると約42万冊を発行している。

これからは「時代に対応しフォーマルライフスタイルという広い視野で普及啓蒙活動を推進する」(渡邊理事長)という。

これまでは業界人の養成が主だったが、活動範囲の拡大に伴い、一般消費者、社会人との接点を広げる。養成講座では社会人を対象とした新講座(9月5日)も開講する。「ウェア」が取れた協会の活動に注目したい。
 2007/06/20 13:36  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


ともに頑張る=第26回「美光会」
インナーメーカー、美光(田中大三社長)が毎年5月末から6月初め、静岡県・伊東市で開催している懇親会(美光会)に毎年参加している。

1泊2日。午後1時に現地に集合し、その時々の講師による講演会を聴き、夜は懇親会、翌日はゴルフという日程だ。同種の懇親会は最近はめっきり減った。美光会は第26回を重ね、毎回取引先など100人近い人が参加する。和気あいあいと旧交を温めたり情報交換したり。会場は家族的な雰囲気に包まれる。

田中大三社長は日本ボディファッション協会(NBF)の副理事長を務める。NBF最年長の役員だ。昭和30年代から業界の中を生きてきて、悪い時でも「冬の次は春がくる」と社員や取引先を鼓舞してきた。共存共栄のために「取引先に安定した注文を出したい」というのが口癖だ。それがなかなか実現できない厳しい環境情勢が続くが、「わずかだが先に灯りが見えてきた。もう少しの辛抱だ。ともに頑張ろう」と説く。「価格競争ではなく消費者に価値を問うインナーを開発していかなければならない。消費者はインナーメーカーにそれを求めている」。美光会での恒例の田中社長のあいさつには昨年以上に力強いものがあった。
 2007/06/06 19:31  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


「マネキンの黎明期」展
日本のマネキンの歴史をひもとくと、人形と人体模型に行きつく。島津良蔵氏が京都に創業した島津マネキンは後者に属し、わが国のマネキンのパイオニアだ。現代マネキンの礎を築いた人は彫刻家で七彩工芸の創業者向井良吉氏と言われている。戦後、復員した向井氏は、島津氏と協力し、マネキンを復興させた。

マネキン業界の発祥と離合集散はちょっとしたドラマだ。マネキン素材は石膏から始まり、現在はポリエステル強化プラスチック(FRP)が主だが、時代とともに、こちらも変化していく。

杉野学園衣裳博物館開館50周年を記念した「マネキンの黎明期」展(協力・七彩、後援・品川区教育委員会)が24日から始まった。

1957年開館以来、創設者杉野芳子氏が依頼した向井良吉、村井次郎、ジャン・ピエール・ダルナ、大森達郎、清水凱子ら日本のマネキンの基礎を築いた彫刻家の作品30体に杉野氏の同時代の作品を着せて展示している。展示は8月7日まで。時代ともに変化していくマネキンを理解するには格好の展示会だ。

6月23日午後2−4時、同展開催に合わせた特別記念後援会を杉野学園4030教室で開く(無料)。
申し込みは03(5742)6837品川区教育委員会
 2007/06/01 20:15  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


日本ボディファッション協会30周年
インナーアパレル・メーカーの団体である日本ボディファッション協会(塚本能交会長=ワコール社長)が設立30周年を迎えた。ワコールという大巨人がいて、第2位トリンプは外資。残り専業系メンバーは中小企業という特異なメンバー構成で、協会運営は必ずしも順風満帆とばかりはいかなったと思われるが、その時々の業界の課題に共同で取り組もうという30年間の努力は評価できる。

協会設立以来のメンバーで、今日ではインナーの扱い比率は少ないという企業もある。消え去った企業も少なくない。30年の歳月はインナーに限らず業界地図を塗り変えてしまう。インナー業界も巨人1社という姿は変わらないものの、ビジネスの構造は大きく変わった。「価格競争では生き残れない」というのが中小インナーメーカーの共通認識だ。では、どこに付加価値を見出していくのか。特徴を発揮し限られたマーケットの中でシェアを伸ばしていくのは容易ではない。

とは言え、中小インナー企業を個々に見ていくと、国内生産子会社を維持している企業、こだわりの素材を商品化している企業、妊婦用の下着を開発している企業などそれぞれ得意分野を持つユニークな企業群だ。巨人と並んで、こうした個性的な企業が競うことで市場は広がり業界は活性化していく。
 2007/05/23 09:43  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


米国Tシャツシェア1位「ギルダン」が参入
米国市場でTシャツシェア第1位を誇るカナダのギルダンアクティブウエア(モントリオール、グレン・J・シャマンディ社長兼CEO)が日本市場に本格参入する。「ギルダン」製品の販売を目的に設立したMAG(東京、佐藤雅一社長)を総代理店に、当面はTシャツ、スポーツシャツのほかにメンズ肌着などを販売する。将来はライセンス契約による商品化も検討しているという。

同社は1984年の設立。当初は生地が主力だったが92年にアクティブウエアの生産・卸売りに事業転換して以降、急成長を続けてきた。95年に現社名に変更している。 同社の強みは中米・カリブ海沿岸に一貫生産ハブを持ち、ベーシック製品の大量生産による安定した品質と、価格競争力を誇ること。ライバルブランドを蹴落として米国シェア第1位(年間シャツ販売枚数4億3000万枚)のポジションを獲得した。

事業拡大に積極的で、06年には大手下着・靴下メーカーを買収しメンズと子供の下着・靴下の販売も開始した。05年から卸売りに加え小売り販売チャネルに対する自社製品の販売も始めている。90年代初めに大手商社が導入したことがあったが時期尚早だったこともあり不発に終わった。今回はアジア市場攻略へのステップとして日本市場に本格参入する。

06年10月期の売上高は7億7300万ドル(前期比18・2%増)、純利益1億600万ドル(同35・0%増)。販売数量を3倍に拡大する5カ年計画を推進中。MAGは03(5942)5160。
 2007/05/18 14:41  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


後継者難の中小企業
日本経済の発展は中小企業が支えてきた。事業所数、従業員数では今でも中小企業のウエートは大きいが、全体としてかつてのパワーがなくなってきているのも事実だ。そのことを如実に表すデータがある。中小企業の3割は後継者難に直面しているという。

信金中央金庫総合研究所が05年に中小企業経営者を対象に「後継者問題」について尋ねたところ、3割近い中小企業が後継者選定がままならない、という結果だった。「候補者はいるが、まだ決まっていない(本人が承諾していないなど)」22%、「候補者が見当たらない」7%、さらに「後継者は必要ない(廃業・事業譲渡予定など)」も5%を占めた。

中小企業の後継者と言えば、まず経営者の子供が継いだものだ。戦後、創業したアパレルの多くも80年代から90年代にかけて子供が継承した。親から子への継承は、不安もなくスムーズに行われた。継ぐに値するだけの将来性、余力、つまり企業の魅力があった。2代目が大発展させたケースもあるが、大半は90年代の不況で消えていった。

現代の“2代目”は冷静に親の事業を分析する。企業の将来性、自己の能力をきちんと観る。ファーストリテイリング、USEN、ビームスなど2代目経営者が隆盛をもたらした企業をみると、「新創業」「第2創業」といった視点が発展をもたらした。事業継承は血より能力が求められる。
 2007/05/15 16:48  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


誤差「1000万円」が「5万円」に
コンピュータが発達したとは言え、企業にとって商品管理は永遠の課題だ。とくに単価の安い品種を膨大に扱う業種にとって、これをどう管理するのか実に悩ましい問題でもある。

そんなことだけが理由でもないのだろうが、手芸店がめっきり減った。管理が悩ましい典型的な業種だ。趣味としての手芸がなくなったわけではないが、商品管理の難しさ、販売効率の悪さなどから、街の手芸店経営が成り立たなくなったということなのだろう。

手芸専門店チェーンH社を取材したとき、担当者は商品管理の難しさを体験談として、こう表現した。「単価は100円単位。どの商品がどのくらいあるのかないのか、正確のところは実際には誰もわからない。在庫は壁に積まれたまま。棚卸をすると1店舗で1000万円単位のずれが出てくる。これではとうてい経営が成り立たない」

コンピュータを使うのは人間だ。どこかで管理方法を革命的に変えなければいけない。社員の意識を変えなければいけない。わかっているけれどなかなかできない。で、閉店に追い込まれる。

H社は、大手OSメーカーのシステムを導入し、管理方法を根本から変えた。従業員のパソコン教室を開きコンピュータに対する“恐怖感”を払拭した。当初は抵抗もあったらしいが、誤差は0・05%以内、金額で5万〜20万円に減少した。棚卸の回数は年間2回だったのが4回に増え、商品の発注もスムーズになり、そのことで売り上げは増えるという好循環が生まれた。

“誤差1000万円”を放置したままの企業は意外と多い。
 2007/05/14 10:25  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


ネット広告費29%増
電通のまとめによると、06年の国内の総広告費は5兆9954億円(前年比0・6%増)と辛うじて前年実績を維持した。テレビ、新聞、雑誌、ラジオを合わせたマスコミ4媒体広告費は2%減となったが、インターネット広告費は3630億円、29%増と大幅に伸びた。

インターネット広告費のうち、モバイル広告費が390億円、検索連動広告費が930億円占める。モバイル広告費は35%増と急増ペースが続く。契約台数が1億台に迫り、大手企業の販促キャンペーンなどで活用されるケースが増えている。

さて、07年の見通しだが、景気回復などにより、前年比1%台と06年より若干高い伸びを予想している。マスコミ4媒体の広告費は減少、インターネット広告費が依然として拡大するとの予測だ。とくにモバイルは検索サービスの本格普及により検索連動型広告の拡大が見込まれるという。

全体に占めるインターネット広告費の割合はまだ6%にすぎないが、広告費のシェアにもジワジワと影響を及ぼしており、存在感を高め、既存媒体の足元を脅かしている。
 2007/04/18 12:05  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


並行輸入品は本物?
ブランド権利者と並行輸入業者との間の係争事例が増えている。品質が劣り、さらに低価格で大量販売する並行輸入品の存在に、ブランド権利者が神経を尖らせるのもやむを得ない面がある。

世界でライセンスビジネスを展開している「ピエール・カルダン」の場合、「近隣国からの並行輸入」という名目の不正品の流入に頭を悩ましている。これまで幾度となく並行輸入の名を騙った不正品を摘発してきたが、次から次へと新しい手口が出てきて、いたちごっこが続いている。監視体制を強め、妥協はしないというスタンスだ。

同ブランドの日本における商標権者は三井物産子会社のピエール・カルダン・ジャパン(PCJ)。近隣国ライセンシーの並行輸入品で疑わしいものを徹底追跡しているが、疑わしきものはほとんど“クロ”という結果だ。

典型的なパターンは、正規の海外ライセンシーがひっそり中国で生産し、日本の輸入業者がそれを安価に大量に仕入れ日本で販売するケース。中には輸入業者が日本で販売することを目的に、海外の正規ライセンシーに発注し作らせることもあるという。

「ピエール・カルダン」はPCJのリードの下に全商品、百貨店、専門店に、量販店向けは「エスパス・バイ・ピエール・カルダン」と販路を区分けした。以後、百貨店、専門店外で「ピエール・カルダン」並行輸入品が増えており、不正品の流入が目立つ。

並行輸入品業者団体は、まぎらわしいもの、疑わしいものは扱わないという姿勢を加盟社に求めているが、不正品の横行は並行輸入品業界の首をも締めていく。
 2007/04/11 11:27  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


中国は今 CHICで見たこと
中国最大規模のアパレル展「CHIC」に取材に行って来ました。2年ぶりの北京は、五輪開幕まで500日を切ったこともあって、街全体がこれまでにも増してあわただしい雰囲気でした。

CHICには日本アパレルが約40社・60ブランドで「ジャパンパビリオン」(第3回ジャパンファッションフェア=JFF)を構成し、アピールしてました。

日本アパレルがCHICに合同出展するのは初めて。過去2回上海で行った単独展に比べると「成果はあった」と総括する参加社が多く、CHIC出展は及第点は取れたようです。

来場者は入口で厳しいチェックを受け、ジャパンブースへの入場はバイヤーオンリーに制限され、ました。CHICには一般消費者や観光客も来場します。こうしたビジネスに無関係の来場者を排除することで不要の混雑が避けられ(ラッシュアワーのようなブースもあるのてす)落ち着いて商談ができたようです。それでも初日は4000人、2日目2000人、最終日もそこそこの人出で、ジャパンブースは3日間にぎわいを見せていました。

で、肝心の商談の成果ですが、商品を多数揃え“本気モード”で出展した企業はやはりアピールするものがあったようで、しっかり商売ができたようです。

これは中国企業のブースを覗いて気付いたのですが、必ずと言っていいくらい、自社の取引条件等を明記した“ちらし”(アンケート用紙みたないな体裁)が置いてありました。例えば、FCを希望する企業には保証金いくら、最低取引単位いくらと明記してあります。バイヤーサイドにとっては非常にわかりやすい。その条件でも取引したいというところに、さらにいろいろ書き込んでもらうわけです。価格リストなんかあまり見ません。出展社は、後でちらしの束から最も望ましいパートナーを選べるわけです。

こうした合理性が日本企業にはまだないような気がします。よい商品を、フェアプライスで、ということはもちろん大切な要素でしょうが、最初に取引条件がわかれば、商談もしやすいですよね。取引相手によって取引条件が違う日本企業。国内では簡単に手の内は見せられませんが、海外では、このへんをストレートにバイヤーに伝えた方がよいのではないでしょうか。

CHICで感心したのは、全体がよく組織されているということでした。プレスに対するサービスも合格点。写真のCDサービスなど大いに助けられました。日本勢の隣りで韓国勢が頑張っていました。個々のブースも広く、展示も悪くない。日本勢より経験とノウハウを積んでいる風がありました。

1回で結果がでるわけではありません。2回、3回と積み重ねていく必要があるのでしょぅね。
 2007/04/04 09:40  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


チャップリン再び
映画は見たことがなくても“喜劇王”チャーリー・チャップリンの名前は誰でも知っている。彼は戦争の時代にあって平和を訴え続けた映画人で、ヒトラーを痛烈に批判した「独裁者」は不朽の傑作と言われている。左右両派から攻撃を受け、米国からも追放されるなど波乱万丈の人生を生きた。

大の親日家で戦前、戦後とたびたび来日。1932年5・15事件では犬養毅首相との面会予定をキャンセルしたことで暗殺を免れたという。

没後30年。今、再びチャップリンのブームが起きているという。彼が愛した街、京都では3月24日から4月1日まで「第2回チャップリン国際シンポジウム」が開催される。問い合わせは日本チャップリン協会075(755)6327。

ところでチャップリン・キャラクターによる商品化も本格化しそう。版権はピーターラビットで知られるコピーライツ(英)が保持しているが、同社はチャップリンと50年以上前に契約し半世紀にわたり更新し続けてきた。同氏直筆の契約書も保存しているという。メンズ関連を中心に秋から様々なチャップリン製品が登場する。
 2007/03/29 14:59  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


夢を担うJFW
ジャパンファッションウイーク(JFW)が閉幕した。日本橋に設えた特設テントを中心に、連日東京コレクションが華やかに繰り広げられた。ジャパンファッションをアジアへ、世界へ押し出す、という大きな目標を掲げるJFW。海外バイヤーの注目度は高いとは言えないが、世界と比較して、クリエーションのレベルで優るとも劣らないデザイナーは少なくない。時間はかかっても、世界への挑戦は続けなくてはならない。

海外で活躍する日本人デザイナーは海外に同化するのが常だった。東京がファッションの発信地となり、世界のバイヤーが集結する。まだ“夢”のような話しだが、夢を捨ててはなるまい。

日本発のアニメやキャラクターが海外で人気を集めている。その代表格「キティちゃん」は国内外1000社と契約し、世界60カ国で商品化されている。子供向けキャラだったのを、90年代に大人路線も推進し、これが海外人気を加速した。「キティちゃん」もいきなり成功したわけではない。しつこく、しぶとく、夢を追い続けてきた結果だ。

日本繊維新聞は会期中、5日連続で臨時号を発刊し、東京コレクションの全貌を報道した。それを通してみると、東京にはパリ、ミラノと違うクリエーションの世界があるということを改めて感じる。世界への挑戦は個々のデザイナーの課題であると同時に、ファッション業界の未来を切り開く鍵でもある。1歩1歩、あせらず実績を積み重ねていってほしい。
 2007/03/28 11:43  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


JFW開幕、本紙号外発行(13−16日、19日)
ファッションも東京発に、との意気込みでジャパンファッションウイーク(JFW)が開幕しました。12日は甘利経産相がファッションショーのモデルを務めたり、安倍総理が帝国ホテルで行われたパーティーに出席するなど、国の後押しも並々ならぬものがあります。

連日、日本橋・特設テント会場を中心に行われている東京コレクション。他会場でのコレクションも合わせると、この期間に約50人のデザイナーが秋冬コレクションを発表する。なんだかんだと言われても、これだけのデザイナーが集中して開催すれば迫力は増す。

日本繊維新聞は、13日から連日、会場と都内百貨店、ファッションビル、セレクトショップで東京コレクション号外(カラーブランケット4頁)を出します。ぜひ、手にとってください。旬の東京コレクションがひと目でわかります。
 2007/03/14 09:44  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


ルカ・リトリコ社長「テーラーに顧客が戻ってきた」
伊3大メンズテーラーの1つ、リトリコの3代目社長、ルカ・リトリコさんが来日したのでインタビューしました。彼は2代目フランコ・リトリコ前社長の逝去に伴い04年に社長に就任しています。年齢は36歳。

今回は取引先のアクア・グラツィエのコレクションに合わせ来日したのですが、8日香港に飛び、10日に日本に戻り12日帰国と、あわただしいスケジュールで、ビジネスも順調のようです。

リトリコのアトリエには15人のクチュール縫製技術者、イタリア語で“サルト”が働いています。

一般のサルトは普通に働いていれば別荘が持てるくらいの収入があるそうです。ところが90年代以降、有力テーラーがプレタに転進し有能なサルトがいなくなってしまったと嘆きます。今、再び顧客がテーラーに戻ってきているそうですが、サルトの数が減少したので、彼らは、より高賃金になった、と話してました。

テーラーで世界に通用するのは伊と英。「英のテーラーは、サビィルローに象徴されるように、伝統の上にステイタスをうまく演出している。伊はトレンドを取り込むのでプレタ化しやすい」と違いを説明します。

リトリコは、30年以上前に大手素材メーカーが導入したこともありましたが、今はメンズのセレモニースーツをアクア・グラツィエが輸入しているのみ。テーラーを核とし、その下クチュールプレタ、及びプレタを展開する構想はあるのですが、「リトリコ本来の服とイメージをしっかり消費者に提供していくことが前提」と、単なる拡大のための戦略には消極的。「われわれのポリシーを理解してくれるパートナーを歓迎します」とルカ社長は言ってます。
 2007/03/07 09:54  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


ケータイを持たない娘
ケータイを家に忘れると1日不安だ。連絡ツールであり、住所録であり、情報収集の役目も担う。ケータイがないと、仕事の能率はガクンと落ちる。1人1台から2台、3台の時代に入り、さらにケータイを使ったコンテンツビジネスや物販は今、急成長期にある(日本繊維新聞2月27日付)。

私事で恐縮だが、私の長女が高校に入学したとき(2000年)、すでにクラスの4分の3がケータイを保有していた。「高校生にはケータイを絶対持たせない」という家庭もあったのだが、結局1カ月後には保有率100%になった。

ケータイを持たない娘を1人知っている。3月に高校を卒業するS美。私の二女である。3年間持たずに通した。全校で唯1人という。理由は「あんな小さいものでコチャコチャ話したりメールしたりするのは性に合わん」という、案外まともな理由だ。昔とは逆で、「ケータイを持たないと、仲間外れにされてしまうのではないか」などと親は心配したのだが、結局、不所持の姿勢を3年間貫いた。現代では天然記念物的存在かもしれない。友達との付き合いもそれなりにできていたようで、S美のケータイを持たない姿勢は周囲に理解されていたようだ。

さてS美(4月から大学進学)は、これからもケータイを持たないのか、親としては気にかかる。
 2007/02/28 13:53  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


マラソンって楽しそう
東京マラソンに応援に行きました。知人M氏が走ったのです。M氏は65歳。応援団は5人(全員50代以上。女性1人)。M氏の壮挙を見届けてあげよう、という友情からです。

午前10時40分集合。内幸町の西新橋交差点。たしかスタートから10kmほどの地点。朝9時スタートですから、かなり遅い組です。本人の申告で、その時間になるというから、みんなで待っていたのです。雨の中。今か今かと待てど暮らせど来ない。小1時間みんなで待ちわびたのです。10km地点でも打ち切りタイムがあって、結局、われわれの地点のタイムアウトがきてしまいました。

「やはりムリだったのかな」「雨が降ったので参加しなかったのではないか」「ケータイに電話したら本人が出てくるのではないか」。応援団は悲観的なコメントを言い合い、念のため65歳氏のケータイに電話入れ、留守電に吹き込んで、当日のメーン行事である“谷中”を散歩し一杯飲むコースに流れていったのでした。

後で知ったのですが、検索システムがあって、ランナー個々に、今どこを走っているのかわかるそうですね。あらかじめ登録しておくそうです。ランナーの位置がつかめれば応援団も見当をつけてランデブーできます。悲しいかな、それを60代の幹事Kが理解不足で、M氏を捕捉できなかったのでした。M氏は約6時間で完走してました。立派!

マラソンを沿道で応援したのは初めて。自分でも意外だったのですが、マラソン参加者が楽しそうに見えて、沿道で応援しているのがつまらない、と思ったことです。来年は出ようか、と悩んでいるところです。
 2007/02/21 20:29  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


ユーロ高なんて関係無し
ユーロ高でEU製品のインポーターは価格設定に苦しんでいる。ところが、EUメーカーはそれほど気にしていないようだ。1月に開催されたモーダイタリアを取材したが、アパレル、ニット、バッグなどの参加メーカーは、「価格より個性と品質」「わが社の製品は他社に負けない」と自信満々だ。

ニット専業アパレルのブースで、さすがと思ったのは、糸からオリジナルにこだわり、各社それぞれに個性的なニットファッションを主張していること。どこかに装飾性を付加し、コーディネートを考えるというより単品としての完成度を高めている。日本での販売価格はセーターで4万−5万円となるが、気にしているそぶりは全く見られない。アパレルしかり、バッグしかり。

ここまで自社製品に自信とプライドを持つと、商品が一層輝いてみえる。
この姿勢は大いに見習うべきところだ。
 2007/02/14 18:38  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


面白いネタは尽きず ビームス30周年
1月30日東京・帝国ホテルで行われたビームス創業30周年記念パーティーには2000人近くの関係者が集まった。招待客でぎっしり埋まった会場を見渡すと、スーツ姿の社長風の男性の横でアーティスト風の若者の集団が談笑し、和装姿の年配女性の一方で、イブニング姿の女性が華やかな雰囲気を振りまいている。老若男女、ひとくくりにはできない“雑多”
な顔触れが、“ビームスとは何か”を物語る。

創業は1976年。設楽洋社長の父、悦三氏が、原宿の雑居ビルで6坪のインポートショップをスタートしたのが始まりだ。洋氏は当時25歳である。「創業社長の故・設楽悦三さんと、飲み屋で知り合った若者とのヨモヤマ話から、まるで瓢箪から駒のように誕生した」(ビームス1976−2006トリビュートカタログ)。

ビームスはアメリカンライフスタイルを手始めに、若者の創造力と夢をかきたてるファッションシーン、文化を30年間にわたり導入し発信してきた。ファッション産業の果たすべき役割が人々の生活と心を豊かにするものとするならば、ビームスは自らが楽しみながらそのことを実践してきた稀有の企業だ。05年には海外進出もはたし会社の規模も拡大したが、「これからもワクワク、ドキドキすることを提案していきたい」と基本スンスは変わらない。

「父が“これからビームスをヤルゾー”と言って店を始めたのが57歳のとき。今の私の年齢より1つ上でした。私も負けてはいられません」と洋氏。ビームスにあっては、面白いネタはつきない。
 2007/02/07 14:32  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


右脳左脳
TVゲームをやりすぎると思考能力のない「ゲーム脳」になるという学説がある。逆に良い影響を与えるゲームもある。認知症の防止によいということで、麻雀が再び人気を呼んでいる。愛好者は減少し、今では麻雀荘もなくなったが、指先を使い、頭を使い、たしかに脳を活性化させるゲームではある。ゲームはプレーヤーに知的刺激を与える。かつては昼休み、あるいは終業後、学校や職場で同好の士が将棋や囲碁を指していたものだ。勝負にこだわりながらもコミュニケーションの時間でもあった。昨今は、ほとんどみかけない、懐かしい風景だ。

将棋は右脳(感性)、左脳(記憶・計算)50%ずつ、囲碁は右脳80%、左脳20%のバランスで使うのだという。プロは瞬間で数百手を読む“脳力”の持ち主。数手先しか読めなくても、頭の訓練にはなる。オセロは100%左脳、チェスは将棋とオセロの中間という。

コンピュータソフトもじわじわと実力をつけ、名人の領域を侵しつつある。左脳勝負のオセロは左脳100%のコンピュータにもはや適わない。チェスもいい勝負となっている。将棋はまだ人間の方が強いが、プロ棋士の間でも近い将来「危ない」という認識がある。囲碁の“陥落”はまだ先らしい。

ちなみに最近の子供達は将棋も囲碁もしない。できるのはオセロとTVゲーム。このへんにも昔の子供との違いが出ているのだろうか。脳はバランス良く使わないといけない。
 2007/01/31 18:35  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


値段を認証して……
ドイツ人の社長を囲んでドイツ料理店で食事をし、「食」の話しになったとき、世界の料理で最も評判が悪いのが英国だった。そういえば寡聞にして英国料理店の看板を見たことがないし、その種の話しはよく耳にする。ただし、食したことがないので判断はつきかねる。ちなみに米国料理は話題にも上らなかった。

これに対し日本料理の評判は世界中どこでも良い。ブームに便乗して、海外で中国料理店や韓国料理店から日本料理店に鞍替えし、日本料理とは名ばかりの看板に偽りありの店が増えている、という理由で、日本貿易振興機構が正統日本料理店に認証を与えることになった。そう言えば、筆者も海外で寿司店に入り、ステーキみたいな刺身を出され閉口したことがある。認証があれば安心して入れる。

日本にはイタリア料理、フランス料理をはじめ、さまざまな国の料理店が軒を連ねているが、立場を変えて、同じ基準で眺めるとどうなるのだろう。日本人の味覚、食習慣に合わせ、海外料理の看板を掲げていても本国とはかなりかけ離れた料理になっている可能性もある(食通ではないので断定はしない)。それでなくても、日本人は海外の文物を日本にうまく適合さ
せる特質を持つ。料理も同じだ。認証制度があれば、以って非なるということで、困る店も出てくるのではないか。

レストラン関係の記事を読むと、日本人シェフのフレンチやイタリアンの料理店で食材や味の割に高い、といった論評をよく目にする。このへんを認証してくれると利用する際の参考になる。
 2007/01/24 20:29  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


企業の不祥事に思う
「食品は賞味期限、消費期限があるからたいへんだ」「食品事故は直接健康に影響するけれど、衣料品は不良品だからといって死ぬことはないし……」

あるアパレル関係者の雑談。不二家の不祥事は社長の辞意に発展し、さらに企業の存続が問われる事態になっている。雪印乳業のケースにみるように、食品企業が安全管理を怠り、そのことを隠蔽したことが発覚した場合、消費者の信頼を全面的に失い致命的なダメージを負う。

それにしても、大企業の不祥事が目立つ。銀行・証券、家電、自動車といった日本の産業を支えてきた業種で不祥事が相次いでいる。利潤追求、厳しい競争原理の中で、企業モラルは二の次にされているということなのか。

それに対してアパレルは気楽だ、というへんな慰めの会話だが、果たしてそうか。衣料品だって、不良品を承知で販売すれば信頼を失うことに変わりはない。不良品を手にした消費者は当該商品のブランドを2度と購入しないだろう。販売した店も同罪に見られる。また他社の模倣品の販売も企業の緩慢な死を招く。失った信頼を取り戻すためには、膨大な努力が求め
られるが、努力を重ねても取り戻せないかもしれない。

アパレルは欧米の物真似をしていると言われた時代もあったが、今や1つの極を構成し欧米に対抗するまでに成長した。不良品や模倣品は、長年の信用をあっという間に突き崩してしまう。他業種の企業の不祥事を見るにつけ、ファッション産業の健全な発展を願う気持ちが強くなる。
 2007/01/17 19:03  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


未知の課題に突き進む年
イノシシは日本に広く分布する。昨今は生息地を広げ市街地にも出没し人間に危害を加えたり農業や林業に被害を与えたりするが、神経質で臆病な動物だ。日本各地にイノシシの肉を用いた鍋料理が伝わっている。肉は万病を防ぐと言われ、イノシシは無病息災の象徴とされてきた。まずは、それにあやかりたいものだ。

景気回復期は59カ月(06年12月)を超え、いざなぎ景気(57カ月)の記録を更新中だ。経済界は大方07年も景気回復は持続すると予測する。景気は「良い」にこしたことはないのだが、企業収益の改善が可処分所得の増大をもたらし個人消費を押し上げた過去の回復期に対し、収益が家計にまでは回らず、回復の実感が伴わないのもたしかだ。身体に例えると、
現状は健康状態なのかどうか。

21世紀の日本は高齢社会、人口減社会への対応が急務となっている。厚生労働省の推計によると、06年の出生数は108万6000人で6年ぶりに増加したという。出生率も前年の1.26から1.29前後に上昇した。それでも総人口は2年連続減。出生数増大も一時的な現象で、07年以降減少が続く。子供がほしくても産めない、持てない、という社会が健全であろうはずかない。

07年の新成人は139万人。丙午(66年)生まれが成人となった87年の136万人に次いで少ない。団塊世代の先頭が還暦・定年を迎え、いよいよ増えていく老人と減少する若者。かつてない人口構造はマーケットに大きな影響を及ぼす。07年は未知の課題にひるまず突き進む年となる。
 2007/01/10 18:31  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)


若者、工房に戻る
昨今、職人を志望する20代の若者が、工場に、工房に戻りつつあるという。大消費地の東京は、かつて生産地としての顔も持っていた。縫製業、ニッター、毛皮・皮革、服飾雑貨などメーカーが軒を連ね産地を形成していた。地価や人件費の高騰、労働力不足から70年代から80年代と転廃業、工場の地方移転という形で空洞化は進み、残った工場も経営難、後継者難で往時の見る影もない。

そんな中、若い後継者が若い職人と二人三脚で、オリジナルなものづくりを看板に、しぶとく、したたかに、メードイン東京をアピールし奮闘している。東京・葛飾区のバッグメーカー猪瀬(猪瀬昇一社長)も若い職人が、ものづくりに励んでいる1社。服飾専門学校でバッグを学んだ20代、30代の若者たちが、50代、60代の職人から技を学ぶ一方、自らの創作バッグを世に送り出している。

2代目で60歳の猪瀬社長は「自分の代で店仕舞い」と考えていた。コンピュータ会社に勤めていた長男が4年前に継ぐ意思を示し、それなら若い職人を育てようということで心機一転、職人の卵の確保に乗り出した。小さい工房に若者がきてくれるのか。きても長続きするのか。確信があるわけではなかった。案ずるより産むがやすし「町工場なので給料は決して良いわけではない。若い人でも、ものづくりにこんなに意欲を持っているのか、と認識を改めた」。

若い世代は職人の技をただ継承するのではなく、そこに新しい技術を盛り込み、自らのポジションを創り出そうとしている。
 2006/12/27 09:39  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

| 次へ
プロフィール
古橋 温夫(ふるはし はるお)
日本繊維新聞社社長
「日本繊維新聞」は1943(昭和18)年に創刊された、繊維・ファッション業界で唯一、日本新聞協会に加盟する日刊総合専門紙です。繊維・ファッション産業の明日を見定めた情報を的確かつ大胆に発信していきます。
http://www.nissenmedia.com/

QRコード
アパレル業界の情報満載の「アパレル携帯版」
右のQRコードで読み取ってアクセスしてください。こちらからも自分の携帯URLを送れます。 QRコード
最新記事
月別アーカイブ
最新トラックバック
最新コメント

http://apalog.com/furuhashi/index1_0.rdf
更新順ブログ一覧
リンク集