サイバネティクス技術と巨大情報ネットワークが地球上を埋め尽くす未来社会。「マトリックス」と呼ばれる電脳空間(サイバースペース)に没入(ジャック・イン)して情報を盗み出すコンピュータ・カウボーイだったケイス。依頼主とのトラブルから、脳神経を焼かれ、ジャック・イン能力を失い「港の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった」千葉市(チバ・シティ)でドラック浸りのチンピラ暮らしをする。
そのケイスの前に、全身に武装インプラントを埋め込んだ女、モリイが現れる。やがて、モリイはケイスをアーミテージと名乗る男に引き合わせる。ケイスは、ジャック・イン能力修復の代償として、モリイともども電脳空間での「ヤバイ」仕事を引き受けることになる。
ご存知、サイバーパンクの金字塔、ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』(黒丸尚訳 ハヤカワ文庫)である。ウォシャウスキー兄弟のSF映画『マトリックス』や、士郎正宗のコミック『攻殻機動隊』の種本だ。

その『ニューロマンサー』、演出上のガジェット(小道具)に、奇妙な東洋趣味を採用することで、いかにも無国籍で、猥雑で、それでいて熱気ある未来社会を表現した。例えば、アンダーグラウンドで最先端のサイバネティクスやコンピュータ技術が流通する「千葉市(チバ・シティ)」、そのアンダーグラウンドを支配する「ヤクザ」、ケイスの吸うタバコの銘柄は「叶和圓」、そして三菱銀行の名前も登場する。
さて、ここまでは一般人でも気づくことだが、繊維専門記者が読むと、もっとさりげないガジェットに気づく。チバ・シティを出て、BAMA(ボストン=アトランタ=メトロポリタン軸帯の略)で最初の仕事を終えたケイスとモリイは、イスタンブールに向かう。電脳搭載のレンタルメルセデスで移動する2人。その一節。
「ここはかつて、オスマン朝イスタンブールのヨーロッパ区画として栄えたところです」
とメルセデスが説明する。
「それが落ちぶれちまったわけか」
とケイスが言った。
「ヒルトンは共和国大通りにあるからね」
とモリイは言って、車の灰色のウルトラスエードに体を落ち着ける。
また、別の一節。
「そいつのシリコンの概略はわかる。派手だよ。自分で思い描いた物を、ひとに見せる。そいつを一拍に絞りこめば、網膜なんていちころだろうな」
「これを、あの女性のお友だちに話したんですか」
とタージバシュジァンは、ふたつのウルトラスエード張りバケット・シートの間に身を乗り出し、(略)
気づいただろうか。「ウルトラスエード」――おなじみ、東レの人工皮革「エクセーヌ」の北米でのブランドだ。どうやら、未来の電脳社会では、カーシート地は、ほとんどが東レ製らしい。たしかに、サイバーパンクに「ウルトラスエード」は、よく似合う。 (M.U)