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舞林大会(新年会)
中華圏が旧暦(農暦)で動いている事は人口に膾炙されていることでしょうか。

年末ともなれば日本と同じように、色々と慌しくなってくる。
今年の春節は2月28日なので、西暦から言うとかなり遅めである。

そんな中で我が百貨店の新年会のようなイベントが催されました。
『晩会』と言われていますが、毎年従業員の福利厚生の一貫として行なわれています。
今年のテーマは『舞林大会』と言い、ダンスや踊りを主題にして行なわれまし
た。因みに昨年は歌を中心にしてPK(勝ち抜き)をやりました。

このイベントのために数週間前から各部署でチームが組まれ、練習を行なってきました。個人参加もあるため全部で40近くのエントリーでした。
本番を前にこの中から本戦に進めるために、予選会も行なわれました。
審査員はハルピンの舞踏学校の教師やメディアの方々を招いての本格的な予選会です。

私は去年は審査員の一人として見ていればよかったのですが、今年はスタッフから無理やりの参加を頼まれました。
私はスーパーマーケットのグループに入り、『手絹舞』という東北秧歌(東北地方を中心に熱心に踊られている民族的な踊り)の一種をやる事になりました。
厚手のハンカチ大の布にビーズで丸い同心円上の模様をつけた物を両手に持ち、それを指の上でクルクル回したり、バトンのように左右で回転させたり、高度なものは片手でその布を縦回転させたりします。


予選会では見事練習の成果もあり、本戦出場権を勝ち取りました。
(実は私は忙しくて3回ぐらいしか練習に参加していません・・・・。)

この晩会はM山老師の滞在するホテルの横にあるホールを借り切って行なわれました。この晩会には約5百名近くの従業員が集まりました。

その日上海へ出張だったので晩会には遅れて参加。私達の出し物は夜10時ぐらいに行なわれました。
各チームの熱演や幹部による抽選会、プロのダンサーによる本格的なダンスなどを全て終えたのは12時近くでした。
ダンスの最終表彰では、我がチームは残念ながら最優秀賞には届きませんでしたが、ベスト10の中には入りトロフィーをゲットしていました。


社内の催事なのですが、顔パスでM山老師にも鑑賞していただきました。
私は踊りに参加はしましたが、踊りの衣装がこっぱずかしい感じのものでした。スタッフはカッコイイなどと囃します。
内心ほんまかいな?と思いながら、これも経験だわとそのこっぱずかしい衣装で踊りました。

まあ、社員や派遣の方々も喜んで見て頂き、去年よりは退屈しなかったプログラムだったので、とっても良かったんじゃないかと思います。

日本にいた頃、労動組合の主催でこのような大掛かりな社員慰労会を行なったという記憶があります。
また台湾でも『尾牙』と呼ばれる大忘年会も日本人スタッフとして東京音頭を踊ったりしたこともあります。
高度成長期の中国では、今の日本ではやれないこんなイベントが可能です。

私にとって嬉しいのは、酒を飲んで愚痴をこぼしたり、内輪で会社の悪口を言うだけのような日本式忘年会はこりごりなので、こんな楽しい仕事の疲れが取れる様な忘年会(新年会)が新鮮なことです。
 2007/02/14 18:27  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

ハルピン道外区、古玩街
ハルピンの骨董街のことを以前にブログで書いたことがあります。

またまた最近その骨董品街に出かけてきた。
特に目的は無かったのですが、何かいいものがあればいいかな程度で出かけました。
ハルピン在住のM山老師、ハンゾー氏とつるんで行ってきました。
ハルピンの道外区と言う所は、ハルピンでは古くに発展した所です。かつてはハルピンの繁華街として栄えていました。
もちろん今でもたくさんの人が住み、大小様々な店が集まっている所もあり、繁華街を形成している所もある。
ただし、新しい街作りという観点からは少し取り残された感じがあり、いわゆる下町風情の残る町並みである。


そんな訳であたりには古い建物がまだ多く残っているため、非常に興味深いスポットである。
日本人が住んでいたというアパートの跡や、歴史を感じさせる建物が点在し、カメラに収めるのもいい感じである。

目的の骨董街はそんな中にあり、小さな店舗が1階から3階までたくさん入っている。
今日は零下10度以上はあるためか、外の露天売りは少なく、屋内の3階の空きスペースに十数軒が店を広げていました。感じは日本で見かけるフリーマーケットのように、敷物を広げた上に様々な骨董品らしきものを展示しています。


冷やかし半分で見ていましたが、その中で気を引いたのは古いポスターです。
以前にも上海で買った事がありますが、恐らく1920〜30年頃の上海などを中心にした租界時代に作成されたものと思われます。
日本で言えば昭和初期のポスターでしょうか。

何軒かでポスターを扱っていましたが、なるべく質がいいものを探してその中で気に入ったものを交渉しました。
その店の主人はお決まりのように、これは貴重なものなので一切負けられない、などと粘っていました。こっちも負けずに希望値段を言い続けました。
徐々に下がり始め、最後は私の粘り勝ち。こっちの言い値で落札しました。
中国で買物するのは、こんな値段交渉が当たり前なので、これを面白いと感じるか、面倒くさいと感じるかは個人の意見が分かれる所でしょうか。


ハンゾー氏は、古い自転車の前照灯のようなものをゲットしていました。
以前に買った中国郵局専用自転車に合わせるつもりなのでしょう。
(中国の郵便屋さんの緑色の自転車です)

骨董街の近くで麻辛面などを食べ、近くの古い町並みや建築を見て周り、写真撮影などを楽しみました。


この骨董街には固定的に店を構えている人と、外地から行商のように売りに来ている人たちで構成されているようです。
行商の方と話してみると、黒龍江省の中のチチハルから来た人、内モンゴルから来た人がいました。
また、麻辛面を食べていた店では、その店の奥にある旅館に逗留して商売を行なっている方にも声を掛けられました。
彼らは遥か西安から来たみたいで、主に陶器類や玉器などを扱っていました。
あいにくその分野は興味が無かったので、我々も少し拝見しただけで、失礼しました。
今度来る時は、チベットや敦煌あたりの絵画などがあれば紹介してくれるそうです。

それが、本物で本当なら楽しみですが・・・。

 2007/02/04 09:49  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

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中国系資本の百貨店に勤める百貨店マン。小売業とは如何に付加価値の高いモノを売るのかを考えること。 中国での奮闘ぶりを少しでもお伝えできれば幸いです。

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