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雲南・麗江旅遊V
雲南の旅も最終日になります。

今回の旅は5日間だけの短いスケジュールしか立てられなかったため、本来は行きたかった所も割愛しています。
雲南は、麗江など以外にも素敵な所が沢山あるようです。
例えば、石林、、大理、景洪(西双版納)などがそうです。

日程的に我々が選んだのは、昆明です。
昆明は雲南の省都でもあり、ハルピンに帰るにも便利なため1泊を予定しました。
1999年にここで世界花博が開かれた所です。
ある方のメルマガで、昆明でのホテル勤務を通じての苦労話などで、寿命が10年縮んだという内容のものでしたが、とても面白くて興味がありました。

昆明は省都で市の中心はとても賑やかな所でした。
ホテルにチェックインを済ませたあと、すぐに雲南民族村という所に向う事にしました。
中国の観光案内で紹介されていたので、先ずはそこに行ってから他の寺院などを見るつもりでした。
しかし、そこの民族村は想像以上に大きく、結局夕方近くまでそこで過ごす事になりました。

雲南省には25の少数民族があるそうです。
この民族村の中には、納西族、白族、壮族、ダイ族(人偏に泰)、哈尼族、蔵族、イ族、など約15の民族の住居や生活が再現され見学できるようになっています。それぞれの民族の方による歌や踊りの出し物もやっていたりします。
場内には引き続き建設中のところもあり、将来は25の民族村が全て揃うとの説明でした。


場内がかなり広いため、私たちはまず食事を済ませて、ガイド付きで回る事にしました。
食事は場内の民族風味食品館という所でとりました。雲南特産の「過橋米線」です。熱いスープと米線や色んな具材が別々に出てきます。それを服務員が目の前で混ぜてくれたのをいただきます。具材は値段によって種類が変わるようです。

食事を終え入り口近くでガイドを頼みますが、その詰め所には各少数民族の衣装を着たガイドが沢山待機しています。私たちは、白族出身のガイドさんを頼み園内を回る事にしました。
園内では、像のショーが見たり、各民族村のポイントを案内してくれます。
ガイドは普通語での案内ですが、とても分かりやすい発音でさして苦もなく理解できました。普通語を普段の会話手段としてない者同士なので、返って分かりやすい面があるようです。


ダイ族の村では、そのショーの最後に民族の結婚式の新朗役をさせて貰い、皆で民族ダンスを踊ったりもしました。
雲南はベトナム、チベットとも近いためかその生活様式などは、中国と言うより東南アジア風の雰囲気が色濃く漂っています。
納西族の言葉で「こんにちわ」は、「アララレ」、白族は「ノチョ」と発音するのだと教わりました。中国語とは全く違います。
白族の村では中国茶を飲ませていただき、白族が作るという「石頭茶」という茶葉を買いました。雲南ではプアール茶が有名ですが、このお茶は烏龍茶の1種のようです。茶葉の発酵度で異なるようです。石頭茶は見かけが小石のように丸めたものなので付けられたようです。プアール茶よりはあっさりと飲みやすい味です。


3時間余りを園内で過ごし、市内に戻り歩行街を散策。夜の食事は小吃街のそばにあるしゃれたレストランで取りました。四川風の料理はなかなか味わえない物で、ハルピンでの四川料理とはまた一味違うものでした。
豚肉を薄切りにしたものを洗濯物を干すようにぶら下げたものは、絶品ですよ。

最終日はこのように更けていきました。

昆明から帰る飛行場で白族のキーホルダー型人形を一つ買い求めました。
民族村でのガイドさんが白族だったため、記念として買いました。

今回の雲南旅行はスケジュールがタイトだったためそんなに沢山のところが回れず、若干残念でした。次回もまた来る時はゆっくりと滞在し出来れば少数民族の方たちとも交流できるような旅がしたいと思いました。
 2007/03/19 21:05  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

雲南・麗江旅遊U
麗江の3日目の朝です。

今日は、麗江の町を離れて『虎跳峡』という所へ出かけた。
麗江からは車で2時間半前後、玉龍雪山と哈巴雪山の間に位置する、『世界最大級の渓谷』です。
金沙江がその間を流れ、その高低差が3900mと言われる大渓谷です。
この河に手前が麗江で、川向こうが有名な『香格里拉(シャングリラ)』です。

この虎跳峡の途中、ニセ香格里拉のような名前の『香格里』にて休憩した。シャングリラではなく、シャングリ。『ら』抜き言葉ですな。
シャングリラ(Shangri-la)とは、元々イギリスの作家、ジェームズ・ヒルトンの小説「失われた地平線」に描かれた仏教徒の理想郷であるシャンバラ(中国チベット地区)をモデルにして描かれたユートピアの名前であるが、中国でこの名前を使うにあたり、相当な綱引きが行なわれた結果、雲南のここがシャングリラの名前をゲットしたそうです。香格里拉(シャングリラ)の地名を使う以前は『廸慶』という地名だったそうです。
名前のことはともかく、ここから眺める景色も絶景でした。

『虎跳峡』へ着いた我々は、渓谷沿いの遊歩道を歩く事にしました。
写真を撮ったり景色を堪能したりで、片道小一時間ぐらい歩きました。復路は人力車を利用して帰ってきました。そのお陰で早いし楽チン。

大理石を含む白い岩肌の大渓谷は見所があり、飽きさせる事はありません。推量の多い雨季ではなかったので、渓流の流れはたいした物ではありませんでした。しかし、水の色が青ではなく、絵具で付けたような緑なのは何故だったのでしょう?
『虎跳峡』見学後は、納西族のやっているところで晩めの昼食。
素朴な店で、野菜料理・豆腐料理をいただきました。空気もうまいし食事もうまい。

『虎跳峡』を後にし、今度はガイドブックにも紹介されていた『長江第一湾』へ向いました。
金沙江がUの字に湾曲したところで、時期がよければボートに乗って遊覧『漂流』することも出来ます。我々は寒かった事もあり、パス。
そこは石堤と言う町ですが、そこにある民族資料館のようなところを見学。
少数民族演奏をやってくれたりもしましたが、昨日だけでも2回見たので若干感動度は低めで・・・・。

麗江の伝統的な家屋は、日本のように瓦葺なのですが、ちょっと気になる事を発見。一つは瓦を葺くのに屋根の骨組みの上に直接置く様にしてしているため、下から見上げると瓦の裏側が丸見えなこと。実に簡単な屋根の作りです。
もう一つは、屋根の軒先に特徴的な装飾がしてある事。この特徴的な飾りは、『魚』の形をしています。これは、中国語の『年年有余(年々余りがある=余裕がある)』『余』の発音が『魚』と似ているので、魚を飾ると縁起がいいとされていることに由来しているそうです。
写真を参考にしてください。


石堤を後にして麗江の町に戻り、まだ見てない古城を散策する事にしました。
雲南はハルピンよりかなり西にあるにもかかわらず時差も無いため、遅くまで日が暮れません。その代わり朝は7時でも暗かったが。
そんな訳で、麗江の町を高台から眺めようと万古楼のある獅子山を目指しました。途中迷ったりしましたが、町並みを見下ろせる絶好の場所を見つけ、夕闇の迫る麗江の屋根瓦の撮影に成功しました。
この景色は絶対見るべきですね。


暗くなりかけた街の中心部に戻り、今日も納西族料理を頂きました。
納西風鍋料理です。ビールも麗江の地ビールを頼みましたが、味は非常に淡白です。ホップの利いたビールが好きな人には物足りないかも知れませんね。
個人的にはハルピンビールが一番おいしいとおもいますが・・・。

明日はいよいよ最終日です。あさ早くに宿を出て昆明に向います。
ではまた。
 2007/03/15 23:05  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

雲南・麗江旅遊T
中国の旧正月明けに休暇を利用して、雲南に行って来ました。

この旅はハルピン異職朋友でもあるM山老師とのいわゆるやじきた道中です。
昨年、高倉健主演の『単騎千里を走る』という映画を見てから、ぜひ行きたいと思っていた所です。
ハルピン→北京→昆明→麗江と、2度の乗り換えを経て麗江へ到着しました。
朝6時に家を出て、麗江の宿屋に着いたのは夜7時半過ぎでした。
麗江での宿泊は、ミクシー繋がりで『文太』氏がこの2月にオープンさせたばかりのゲストハウスです。完全オープンではなかったのですが、ご好意で宿泊させていただきました。
納西族の伝統的な家屋を改造して宿泊施設にしている、情緒溢れるゲストハウスです。
その夜は、文太氏とそのスタッフ達とこれまた麗江の地元料理を一緒に食べに行きました。


食べた後は、夜の麗江の街、『古城』をぶらぶら見て回りました。
ここは1997年にユネスコの世界文化遺産に指定されていて、『四方街』と呼ばれる周辺エリアを中心に石畳の小道が網の目のように広がるなかで、納西族独特の2〜3階建ての古い家屋が密集しています。
お土産屋、食べ物屋などが無数に軒を並べています。
古城の中心には、古い建物をそのまま利用したバー(パブっぽい)が路地を挟んで並んでいる所があり、沢山の人で賑わっています。
当地では有名な「SAKURAYA(櫻花屋)」にも立ち寄り、歌や踊りで賑わう店内での一時も過ごしました。


翌日早朝、まだ静かな麗江の町を散歩がてらぶらぶら、途中納西族のおじさんがやっている小さなお店で「米線」を注文。おじさんの勧める「永勝油茶」と言うものを飲みました。味は甘いのと塩辛いのがあるとのことで、塩味を頼みましたが、2口3口で止めてしまいました。インドのチャイに似た飲み物です。

2日目は、麗江の見所の1つである「玉龍雪山」「束河古鎮」「拉市海」に行く事にしました。
玉龍雪山は、麗江からも望める標高5596mを誇る山です。頂には万年雪を頂いた名山です。玉龍雪山を間近に望める所まで行き、写真撮影。

その雪山の麓にある納西族の記念公園のようなところを見学しました。
納西族のガイドさんは驚いた事に日本語が少し喋れる方でした。必死に喋ろうとする彼女には頭が下がります。
納西族は麗江を中心とした地域に住む少数民族。
納西族には、「東巴文字」と呼ばれる象形文字を持っている。東巴(トンパ)は、納西族の祭司=和尚たちを指す言葉だそうです。東巴経という仏教に似た宗教を信仰しており、その東巴経の神の絵や像を見学しました。
その際に、その納族の東巴紙に東巴経の宗教絵が描かれたものを購入しました。東巴の神は自然と一体になったものだそうで、虎と牛が守護神のように寺院の両側に置かれています。
納族の宗教文化は一種独特の発展をしてきたようです。

「束河古鎮」も納西族の古い家屋などの集まる所です。
四方街よりも素朴なまだ観光用に毒されてない感じがあります。
そこで、我々は雲南名産のプーアール茶を飲みながら午後の一服を楽しみました。その風情ある御茶屋では何かドラマの撮影が行なわれたとこらしく、写真で紹介されていました。


次は「拉市海」という所です。ここは湖がありそのほとりで乗馬が出来るとのことでした。あまり時間が無かったのですが、我々は1時間半ぐらい乗馬を楽しんできました。湖には水鳥や鶴(?)が沢山いて、夕方だったので少し幻想的な風景でした。

夜、麗江の古城に帰ってきた我々は、夜の部に突入。
納西族の古楽器による演奏が聴ける『納西古楽会』と言うものに行ってきました。80歳を超えるようなお爺さん達を含む音楽隊の奏でる納西音楽を2時間ぐらい楽しみました。納西族の方は長寿の方が多いようです。

音楽会を聞き終え外に出ると、もう10時近くになっています。四方街のパブ街は相変わらず賑やかそうですが、我々は文太さんの宿へ向い、そのゲストハウスのお客さんも含めて深夜まで喋っていたりしました。
明日行く所などの情報なども仕入れ、3日目に備えて就寝。

麗江の夜はけっこう冷えます。日中は20度を越えていたのに夜は暖房が要るぐらい気温が下がります。
そんなわけで、明日から3日目に突入です。
この続きはまた次回。
 2007/03/05 15:56  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

桂林のたり最終日
桂林での滞在も3日目であるが、今日が最終日である。

朝、台湾の呉さん一家と時間を合わせて食事を取った。
呉さん一家も明日広州の方に移動するとの話だ。
今日はどこへ行くのか呉さんたちと相談したが、『冠岩』という所へ行ってみたいと言う。
どんなところかも知らなかったが、一緒に同行させていただくことにしました。
『冠岩』へは車で1時間少し走ったところにあり、地図を見ると桂林から南へ下った漓江の傍にある景観区となっています。
桂林を出発して一路『冠岩』へ行くと思っていたのですが、着いたところは『古東景区』というところでした。
先ずはここを見てから冠岩へいくルートらしいです。
『古東』は環境を重視しているようで、歩行ルートは全て禁煙です。中の遊歩道からは小さななどを鑑賞したり、吊り橋があったり、ロープにぶら下がって滑降できたりと、楽しませる志向になっていました。所要時間約1時間半ぐらい。
ちょうど昼になったので、そこを出たところにある民家のような作りの食堂へ入りました。
呉さんたちはそこのお勧めの土鶏(地鶏)を食べると言う。食堂の主人が茶色いニワトリをぶら下げてきてこれで言いかと聞いてきました。それをその場でつぶして食べるようです。残念ながら私は鶏嫌いなので、丁重にお断りをして別の山菜料理屋や魚・巻貝料理を食べていました。ウサギもありましたが、台湾人もパス。
食事後、いよいよ目的の『冠岩』です。勝手なイメージで、『岩』と書いてあるのであの特徴的な山にでも登るのかと思っていたのですが、実は鍾乳洞でした。
着いた所から『観光電気滑道』という電動そりのような物に乗って鍾乳洞へ入っていきます。降りたところからは今度は鍾乳洞内で別の電動車に乗り換え、またさらに鍾乳洞内の水路を船に乗って進みます。
大規模な鍾乳洞です。初日に見た鍾乳洞よりさらに大きい。
船を下りてからも徒歩で上がったり下がったりと1時間ぐらいはかかったでしょうか。鍾乳洞も美しく、種類も豊富で楽しませてくれます。
最後は入ってきた入り口に戻ってくるような歩行ルートになっていました。
よくできています。
一緒に行った呉のおばあちゃんは、歩かされてばかりでグロッキー気味でした。年齢層の高い人には若干きついかも知れませんが、一見の価値有りでしょう。

冠岩を後にして我々は一路桂林に。呉さん一家は台湾出身ですが、5年ほど前から広東の東莞で『五金』と言って金物関係の製造工場を経営しているそうです。最近はコンピューターの基盤も作っているそうで、台湾のエイサーなどにも関係があるそうです。
この5年間は相当苦労したみたいで、台湾の台中にも工場があるのですがその大陸基地として進出してきたのです。
呉さん曰く、東莞は広東で『最乱最坏』と表現していました。開発新興区であるため政府の対応が一貫してなく何度も苦い目に会い、お金も沢山使ったと嘆いていました。『法規や規制が人によりバラバラで変更も多いが、唯一不変なのがお金だった』と嘆いていました。
色んな意味でこの旅行よかったです。

中国のたり旅も捨てられません。


 2006/02/18 16:36  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

桂林のたり船下り
桂林のメインイベント、と言えばこれ。

桂林を流れる『漓江』という川の川下りが有名ですが、この川から眺める風景は絶景です。と言うことで、近所の旅行社で川下りの乗船券を買いました。
小姐の話によると一般の船が300元、豪華船なら400元だと言う。
どう違うのかと聞くと、空調が付いているのと食事が違うと言う。そうか、豪華船なのか、ではその豪華船にしよう。400元を支払いました。
船は『竹江』と言うところから出ます。旅行社の用意したバスに乗って船着場に向かいました。
どこに豪華船があるのか?船着場にある船は私の目には全て同じに見えます。(気のせいだろうきっと・・写真を見てください、Q・エリザベス号も真っ青、ついでに私の目も点・・・。)→マイフォト参照

とにかく乗船し、ここから『陽朔』まで4時間半の船旅です。パンフによると約80キロの距離です。
さてゆっくりと景色を眺めながら行きましょう。
船中の旅行客の数人は欧米系、後は英語を喋って顔はアジア系(おそらく香港人)、舌巻き発音が出来てない中華系、など30人ほどです。船内で知り合った中華系の人は予想どおり台湾からきた旅行者でした。
おばあちゃんとその息子夫婦と6歳ぐらいの女の子の一家で呉さんと言う方です。このあとずっと彼らと行動を共にすることになりました。
旅行者の大半は台湾からの人たちでした。会話の中に懐かしい台湾語も聞かれました。

川下りは、始まってからその雄大で幻想的な風景に魅了され2時間ぐらいは瞬く間に過ぎます。そのうち船内で食事タイムです。
小姐がメニューを持って回ってきました。見ると魚料理や川エビ料理などがありますが、いずれもビックリするぐらいの値段です。1品30元から100元まで。
ハルピンで50元もあれば男3人麻辛湯と肉の串焼きが腹いっぱい食えます。
しかし、食事付きのチケットのはず。聞くと個別に注文を取っているので別料金だと言うことです。船内では誰一人注文しませんでした。これはボッタクリです。誰が注文するかっちゅうねん。
付いてる食事は簡単なブッフェスタイルでした。これで十分でしたよ。

後半あと1時間ぐらいになり陽朔に近くなると風景は普通になり始め、カルスト地形の特徴が少なくなります。
そのためか僕をはじめ大半のお客さんは退屈し始めました。時間が長いのもネックでしょうね。転寝をしている人もあるぐらいです。
4時間半、充分すぎるほど山水画の世界を堪能して陽朔で下船です。下船すると現地の人たちが雲霞のように押し寄せ、なにやら土産を売りつけにきます。
ここではなぜか英語で話しかける人が多い。中国語で話しかけられた方が理解しやすいのですがねえ。
そんな人たちを押し分けながら、ふと目にした桂林の風物詩でもある鵜飼の鵜(だと思う)をパチリと写真に取りました。すると、おじさんが僕の腕をつかみ『ファイブ ダラー』と叫ぶのです。どうやらこんな写真も有料のようです。迂闊でした。
5元の鵜の写真公開します。(後悔します・・・なんてね)

この後、『世外桃源』という観光スポットへ連れて行かれました。ここは、東晋の時代の詩人陶淵明の筆による『桃源郷』をモデルにつくられたテーマパークのようなものでしょうか。日本のなんとか時代村の中華版とみました。
園内は小さな船で遊覧できるようになっていて、帰り道は歩いて風景を楽しんだり少数民族の人たちが作る民芸品などを売る店があったりと、趣向を凝らしているように見えます。 http://www.enjoyguilin.com/video2.htm
少数民族の壮族と呼ばれる人たちだと思われますが、彼らの歌や踊りも見られます。

その後、旅行社の陰謀、もとい、旅行社好意により水晶館とよばれるお土産屋や中国茶の店に連れて行かれ、買い物をしろとばかりに無理やり時間つぶしをさせられました。
中国茶の店では、見事に策略にはまり、『桂花茶』を買ってしまいました。桂林の名産だとしきりに可愛い姑娘が薦めるので・・つい。

夜、桂林市内に戻り台湾の呉さん一家と食事をして、中山路 の夜店なんかを冷やかしてホテルへ帰りました。食事は呉さんがおごってくれました。ラッキーでした。
やっぱり桂林の船下りはのたりのたりするには最高でした。これはお勧めかな。

 2006/02/16 17:04  この記事のURL  /  コメント(0)  / トラックバック(0)

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プロフィール

中国系資本の百貨店に勤める百貨店マン。小売業とは如何に付加価値の高いモノを売るのかを考えること。 中国での奮闘ぶりを少しでもお伝えできれば幸いです。

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